メディアの輪郭

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新鋭ビジネスメディア「Quartz」、アフリカ版開設へ

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アトランティックメディア傘下のビジネスメディア「Quartz(クオーツ)」がアフリカ進出を発表しました。オープンは6月で、ゼネラル・エレクトリック(GE)社がスポンサーとのこと。

エディターは、フィナンシャル・タイムズでライター、ロイターで特派員などの経験を持つYinka Adegoke氏。クオーツは2014年夏にインド版も運営していますが、今回のアフリカ展開からも、グローバルな市場を狙っているのではないかと思います。

特にアフリカではモバイル人口が急増しており、世界銀行によれば、2011年時点で6.5億人のモバイル人口がいるとの調査結果を出しています。2000年には1600万人ほどだったので、11年で40倍に激増しているのです。

公式ブログでは、地域のコンテンツとターゲットが定まったネイティブ広告を展開、と書かれています。全読者のうち40%がアメリカ国外からのアクセスだというクオーツ。現状アフリカからのアクセスは月間10万ほど。

しかし、インド版という前例はいまは月間130万人の読者を集めている(8ヵ月で500%成長)ことから、アフリカでの成長も期待されます。ツイッターアカウントも開設されているので、情報を追いつつ、オープンを待ちたいです。

 

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Webコンテンツの収益化には「多対多の関係性」が求められる? コンテンツではなく場に課金するという考え方

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先日、有料会員制のオンラインサロン・プラットフォーム「Synapse(シナプス)」を展開する田村健太郎さんにお話を伺いました。シナプスのサロンはフェイスブックグループでの主宰者や参加者とのコミュニケーションを体験できるというもの。月額1000円程度のものから1万円を超えるものまでさまざまなサロンが存在します。

コンテンツ単体での課金よりコアなファンに多く払ってもらうモデル

取材・執筆するなかで興味深いキーワードが出てきましたのでいくつか紹介。たとえば以下のような言葉が印象に残っています。

  • 体験型コンテンツ消費と、場にお金を支払うという感覚がカギ
  • 単価を上げ、少数のファンからお金をもらう仕組みのほうがうまく回るのではないか
  • ユーザーの熱量を最大化するためにちゃんとアクティブな仕組みをつくることがいちばん大切
  • 広く支持されるコンテンツと、熱心なファンが求めるものは必ずしも一致しない
  • 一対多から多対多の関係性に移行しているサロンはうまくいっている
  • 主宰者はコンテンツづくりに集中、シナプスがマネタイズの最適化を図る

「体験型コンテンツ消費」というのはコンテンツだけを楽しむというよりは、コンテンツを軸としたコミュニケーションを消費すること。サロンであれば、投稿とコメントでコミュニケーションでき、その人だけでなく参加者も含めた場にお金を支払う感覚が強いこともあるようです。

「単価を上げ、少数のファンからお金をもらう仕組みのほうがうまく回るのではないか」というのは、田村さんが過去にマンガや電子書籍関連サービスを手がけているなかで感じたこと。先ほどの話とつながりますが、コンテンツ単体での課金はむずかしく、コアなファンに多く払ってもらうモデルのほうがよいと考えオンラインサロンのプラットフォームを運営しています。

これはサロンのみならず、ほかのプラットフォームでも見られること。たとえば、音楽ユニット「UQiYO」がnoteを活用して4つの有料プランを用意していることがCINRAのインタビューで掲載されていました。ライブの撮影や録音ができるメニューがとても魅力的ですし、地方のファンに向けたプランもあることがいいですね。

月額500円で動画やブログやYuqiさん作の漫画などがウェブ上で見られる「コト」、月額2,000円でライブの撮影や録音ができたり楽屋の秘蔵映像が見れたりしてライブをより楽しめるサービスが含まれている「ナマ」、同じく月額2,000円でポストカードやスペシャルギフトが郵送で届く「モノ」、そして月額10,000円の「ササエ」という4つのプランに分かれている

UQiYOと加藤貞顕に学ぶ、ネット時代の作り手とファンの繋がり方 - 音楽インタビュー : CINRA.NET

コミュニケーション消費において、一対多から多対多の関係性への移行が重要になる

田村さんにインタビューするなかで、「一対多から多対多の関係性に移行しているサロンはうまくいっている」ということがとても興味深く、これからのオンラインでの小さなコミュニケーションを収益につなげるヒントになると思いました。これまで紙メディアであれば一方方向の情報発信でした。ウェブでもインフルエンサーなどのあり方を見ると分かりますが、一対多の関係が強いです。

しかし、たとえば美容師の方のサロンでは参加者がカットの画像を投稿してフィードバックし合うようなこともあると聞いて、多対多がポイントであることがよくわかりました。場にお金を払うこととも関連しますが、サロンの主宰者を目的に入ることはもちろんですが、そこにどんな人が集まり、どんなコミュニケーションが生まれる場になるのか。そういったことが重要なのでしょう。 

多対多の意味するところは、参加者がそのコミュニティ内で発信者にも受信者にもなり、コミュニケーションを楽しむことができることなのかもしれません。一対多の場合は、どうしても主宰者の投稿が多くなり、予想を超えたり、多様な体験を継続的に提供することはよほど工夫しないとむずかしいのではないかと思いました。

今年中にサロン数を500まで増やすとのことなので、地方コンテンツやニッチな領域含めどこまでこの仕組みの裾野が広がっていくのか。メディア関係者は追いかけるべき、プラットフォーム(とその背景哲学)であると思います。

バズフィードの新動向:ネコ写真共有アプリ「Cute or Not」公開、デーヴィッド・キャメロン英首相インタビュー

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少し前の話題ですが、バズフィードが新アプリを出したことについてさまざまな海外メディアが取り上げていました。昨年からニュースキュレーションアプリを開発している噂がありましたが、なんとリリースされたのはネコのアプリでした。

Cute or Not」はiOSアプリで、Tinder風にかわいいかそうでないかをスワイプで決めていくもの。ネコやイヌの画像を投稿することも可能です。これまでネコというのはバズフィードのキーワードであったので納得はいくものの、実験的なアプローチであり、メディアとしてはユニークな事例となりそうです。

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2012年にバズフィードにおいて動物カテゴリーをつくったときから着想はあったとのこと。人気の画像なども記事に活用するということで楽しみですし、もちろん、2015年内にリリースされる予定のニュースアプリにも期待したいです。

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今年に入って「米ニュースサイト『バズフィード』、オバマ大統領インタビュー実施へ」という記事でビッグイベントを紹介しましたが、今度はイギリスで話題がありました。デーヴィッド・キャメロン英首相を月曜日インタビューするとのことで、イギリス版のフェイスブックページにてライブ中継が実施されるとのこと(内容がアップされたらまたご共有したいです)。

バズフィードはイギリス版にもエディターを積極的に採用し、力を入れている国のひとつです。いまでは60名ほどの体制でメディア運営に取り組みます。

これでアメリカとイギリスの首相をインタビューしたことになり、新興ネットメディアとしてさらに抜きん出た存在との認識が広まることでしょう。メディアとしてのブランド強化にもつながることで、今後、さらに大型のネイティブ広告が入ってくることに注目したいです。

以前、バズフィードの2014年の主な動向をまとめた記事を出しました。もし同メディアの戦略の流れや次を予測したい人は読んでみてください。

ニューヨーク・タイムズ、Instagramアカウント開設——伝統メディアの読者開発として注目

昨年、「イノベーション」と題したレポートを通じて、新興メディアの分析や自社の課題を明らかにしたニューヨーク・タイムズ。以来、読者開発がひとつのテーマとなっており、それに特化した部署も設置され、さまざまなプラットフォームに対してどのように最適なかたちやボリュームで情報を発信していくのか試行錯誤しているかと思います。

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そんななか、インスタグラムのアカウントを開設しています。まだ投稿が3つですが、Beginnings(はじまり)」をテーマに更新されています。おそらく毎週テーマを決めて更新していくのだと思いますが、連載みたいな使い方はおもしろいです。

ニューヨーク・タイムズは過去に、1分動画ニュース「The New York Times Minute」をおこなっていた時期もありますし、短い動画も実験的に投稿していくのでしょう。また、昨年はいくつかのニュースアプリをリリースしたものの、若い読者の獲得に苦労していました。インスタグラムの利用開始がこれからのニューヨーク・タイムズの読者開発にあたり、どのような効果を生むのか注目です。

これからの報道に自社サイトは必要なくなるのか? 脱中心・分散型メディアの可能性」という記事で、外部プラットフォームに最適化したコンテンツ流通を目指すメディアの事例や取り組みを紹介しました。読者開発と合わせて分散型の流れもチェックしていきたいですね。

動画キュレーションメディア「Upworthy」の年間売上は1,000万ドル超え——通常記事より閲覧・反応されるネイティブ広告プログラム

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動画キュレーションメディア「Upworthy」のネイティブ広告プログラム「Upworthy Collaborations」がうまくいっているようです。Adweekによれば、2014年の広告売上はプログラム開始9ヵ月で1,000万ドル(約12億円)を超えたとのこと。

バイラルやキュレーション文脈で昨年あたりによく並べられたバズフィードは1億ドル超えなので、10分の1程度の売上です。Upworthyはオリジナルの記事制作はほとんどおこなわず、キュレーションとネイティブ広告プログラムに徹しているので、そこまで人件費などはかからないのかもしれません。

ただ、「海外メディア『BuzzFeed』と『Upworthy』のルーツとは?」という記事で紹介したように、アルゴリズムエッジランクなどによって一面的な情報しか取得しなくなってしまうような「フィルターバブル」を問題意識として持っています。そのため、ニューヨーク・タイムズ編集次長を獲得するなど、硬派な人材獲得にも力を入れています。

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Upworthyのネイティブ広告は通常のコンテンツよりも3.5倍閲覧され、2.9倍もアテンション時間を獲得しているというデータは興味深いです。また、ブランドイメージが15〜25%ほどポジティブになったという見方もあるのだとか。ネイティブ広告の多くが50万閲覧数、10万いいね!/シェア/コメントを獲得しているというのも広告の広がりを裏付けます。ユニリーバの「The Project Sunlight」が有名な事例なのでのぞいてみるとどのようなページ、コンテンツの置き方をしているのか分かると思います。

単価であったり、Upworthyの広告チームがどのような体制なのか、気になる点はいくつもあります。独自のコンテンツ評価の指標づくりや社会的なコンテンツ発信など積極的におこなう姿勢はますます注目されていくのではないかと思います。

Upworthyは感情を軸にコンテンツを広げていますが、クチコミをもとに流行を生み出す方法はいくつか確立されています。関心のあるかたはぜひ、「クチコミから流行を生み出す6原則とは? 感情や物語、トリガーなどをコンテンツに組み込む重要性」という記事も読んでみてください。 

「答えを押し付けない」「関心外にも目を向けさせる」——メジャーに挑むクリエイターたちのマーケティング論

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(Photo by Rayi Christian Wicaksono/Creative Commons Zero

『メジャー』を生みだす マーケティングを超えるクリエイターたち」という本を読みました。概要は以下の文章の通りですが、特定のニッチ層だけでなくメジャーの担い手である若く、ふつうの人を対象にした考え方やアプローチをインタビュー中心で紹介している本です。

“若く、普通の人々"を相手にしなければならないエンタメ業界の「メジャー」市場。そこで闘い続ける、優れた創作者の体内で実践されている「マーケティング」は深い!プロの時代観をベストセラー編集者が徹底取材!

「今の時代は選択肢が多すぎるんですよ。しかもその選択肢がみんな見えてしまう」

ロックバンドや漫画家の方々が多く登場する本書では、キーワードとして自己承認欲求を挙げています。ゆとり世代や覇気がないといった言葉で片付けられがちな若者世代において、自己肯定や自己承認が求められていることをリアリティとして受け止めることで新しい可能性が生まれる、としています。

ロックバンド「OverTheDogs」の恒吉豊さんはマス向けでは同じような表現を再生産されていて、言葉の力が弱くなり、「より少数の人の内面に目を向ける分野が台頭してきているのではないか」と述べます。テレビにテロップが多用されることも、そうまでしないと言葉が伝わらないほど現代人は余裕がなくなってきているのでは、と分析。

歌詞を考えるなかで、「すべての物事には裏表がある以上、"答えはこれだ"などとは歌えない」と語っているのはなんとも象徴的です。ソリューションの提示も重要ですが、やはりそれぞれの抱える課題や環境も異なるため、問題提起くらいにとどめるアプローチということでしょうか。

ロックバンド「AJISAI」の松本俊さんは「今の時代は選択肢が多すぎるんですよ。しかもその選択肢がみんな見えてしまう」と語っています。そんな選択肢を選ぶことよりも、捨てることのほうが大切かもしれない。そんななかで答えにたどり着くことはむずかしい状況です。だからこそ、ここでも自分の正解を押し付けないこと、という前述と同じような言葉が発せられています。

また、漫画家・浅野いにおさんも登場しています。印象に残ったのは、創作の初動について語った、「物語を描く時に自分の内面から出てくる創作衝動でどんどん描いていくというタイプではなく、なにか構想する時に自分の外にある"軸"が必要になる」という言葉。現代のエンタメ消費について、現実にないきれいなファンタジーを勢いよく消費していて、若者が自分たちの環境を肯定してくれるものを求めている、との指摘もおこなっています。

紙媒体にあった「横の参照軸」がウェブの世界では機能していない

読者目線というのは大事なことですが、たとえば、読者の求めているものが分かっている時にその通りにコンテンツをつくるかどうか。漫画家・宮城理子さんは「みんなが疲れていて甘いお菓子がほしい」状態でも、あえてはずして作品をつくることがあるとのこと。自分たちの世界だけで終わらずに、別の世界があることへの想像力を育むきっかけとしてのメッセージもあるそうです。

ちょっとお砂糖でコーティングして。甘いものを入れつつも、それにつられてきていただいた方にちょっと岩塩がありますけど。というつくり方を意識しているんです。

居心地のいいところにとどまるだけでなく、自分から意識して世界を広げること。メディアを通じてそういった後押しがどのようにできるのか。ますます考えるに値することになっているでしょう。

別の章では、総合誌よりも明らかにそこでしか読めない記事が多い専門誌が出版不況でも強いことを挙げながら、ユーザーの近くにいることの強さや専門性が高いことが支持される要因になっているのではなにかという話も出てきます。

本書では、自分が興味あるコンテンツ以外にも目を向ける(ことができる)ことを「横の参照軸」という言葉で表現しているのも分かりやすいです。紙雑誌であれば、そのパッケージによってほかのコンテンツにも目を向ける可能性がある一方、ウェブではそもそもクリックしなければ、関心のないものを見なくても済みます。

以前、「クリエイティビティは作者ではなく環境に宿る? コンテンツから偶然の出会いを仕掛ける必要性」という記事でも紹介しましたが、現在はプラットフォーム設計者の思想によってコンテンツのあり方が規定されることも多い状況にあります。そんななか、潜在的に関心のあるようなコンテンツとの出会いをいかに演出していくことができるのか、考え続けたいですね。

 

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ページめくりからスクロールへ——紙と電子を行き来する人物が語るデジタルコンテンツ体験の課題

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ぼくらの時代の本』を上梓した作家・デザイナーのクレイグ・モドさん、家計簿アプリ「Zaim」代表の閑歳孝子さんが登壇したイベント「ぼくらの時代のデザインと技術」に参加してきました。

クレイグさんはもともと自分で出版社を立ち上げ、できるだけ美しい本をつくりたいとの想いで活動してきた人物。デジタルの時代になってからは、スタートアップにかかわることが増え、新興企業のなかにライターや編集者の考え方や魂と入れ込めないかと考えてきたとのこと。

フリップボードでデザイナーを務めたり、現在ではスマートニュースのUIアドバイザーとしても活動されています。『ぼくらの時代の本』では明確な形態のないコンテンツと明確な形態を伴うコンテンツという2つの分け方でこれからの本について考えています。イベントでも電子書籍に関する議論は多くなされていました。

たとえば、ハイライト機能などを盛り込み他人の気になった箇所を見ることができるソーシャルリーディングもないことや、どのページの滞在時間が多いのかデータをとって公開するのはどうか、といった話が出ました。名著であれば、多くの人が気になった箇所や読むべき部分にハイライトしてあったり、滞在時間の長いページを読んだりすることができたら便利に思うことでしょう。

閑歳さんは、スマートフォンでは紙のようなページめくりよりスクロールの時代だから、スクロールの電子書籍が出てくればと提案しました。実際、マンガアプリではcomicoのような縦スクロールでの読書体験ができるものもでています。

たしかに、スマホ時代はフィードやタイムラインなど縦に流れるものが身近になったので、個人的には縦スクロールで読み続けられるものがほしいです。となると、これからはあまりページという単位の存在感も薄くなるのか気になるところですね。

また、クレイグさんは、ストーリーを進めるために小さなアクションや仕掛けを伴う本があれば、と述べました。仕掛け絵本のようなものがヒントになり、読者がアクションしないと次に進まないという、ストーリーに参加している体験が得られる本のかたちもありなのかもしれません。

電子書籍キンドルが多くを占めますが、プラットフォーム依存に関しても議論されました。アプリの世界でそういった状況にある閑歳さんは、プラットフォームに則ったほうがユーザーが使いやすい一方で、個性が出しにくいと発言。クレイグさんは、アマゾンは読者よりも消費者を向いているから、と笑っていました。

当日の模様はスクーでもご覧になれますし、スライドも以下に共有します。関心ある方はぜひ。『ぼくらの時代の本』の感想などはまた別の機会に書きたいと思います。

クリエイティビティは作者ではなく環境に宿る? コンテンツから偶然の出会いを仕掛ける必要性

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(Photo by Lance Anderson/Creative Commons Zero

ソーシャルゲームにおいて最もクリエイティビティが注ぎ込まれているのは、「ユーザーにゲームをやめさせない」ためのシステム

ソーシャルメディアまとめサイトなど情報が半ば自動的に生成されるプラットフォームが隆盛する時代に、どのようなものがクリエイティブなコンテンツなのか。情報社会の情念―クリエイティブの条件を問う』を読むことで、その答えが少しわかりました。

プラットフォーム側のみならず、コンテンツ/クリエイター側からの視点も多く入っていることでバランスのよい書籍となっています。「流行っているものがあったら、同じようなものを作りまくるべきだ」というグリー・田中良和社長の言葉を軸に、ソーシャルゲームのプラットフォーム運営の思想に迫ります。UIやキャラクターなども重要な要素でありながら、データマイニングがなお重視されるとのこと。

オンラインで数千万人のユーザーを快適にプレイさせるには、ゲームのインターフェイスの背後にある、データベース設計やデータ分析といった「運営」の領域が最も重要なのである。(32ページ)

また、ユーザーがどこで離脱しているのかという原因を探り、改善していくということから、「ソーシャルゲームにおいて最もクリエイティビティが注ぎ込まれているのは、『ユーザーにゲームをはじめてもらう』ための方法ではなく、『ユーザーにゲームをやめさせない』ためのシステムなのである」という指摘がありました。

もちろん、ソーシャルゲームにかかわる人にとっては基本的なことなのかもしれませんが、現代のクリエイティビティは作者ではなく、環境に宿ることになりがち。つまりは、プラットフォームによって、コンテンツの性質が決定されるというのです。

パーソナライズされた環境は自分が抱いている疑問の解答を探すには便利だが、視野にはいってもいない疑問や課題を提示してはくれない」

良き設計者とは何か、また、誰なのか。本書ではこのような問いを立てています。コンテンツの作者ではなく、プラットフォームの設計者がクリエイティビティに大きくかかわることができる状況にあるからです。プラットフォーム主権の環境では、パーソナライゼーションをはじめ、課題が表に出てきます。

たとえば、Upworthy創業者のイーライ・パリサーは書籍『閉じこもるインターネット』のなかで、「パーソナライゼーションとは、既存の知識に近い未知だけで環境を構築することだ。(中略)パーソナライズされた環境は自分が抱いている疑問の解答を探すには便利だが、視野にはいってもいない疑問や課題を提示してはくれない」という言葉を残しています。過去のクリックが未来の選択を決定要因として影響を与えてしまうなら、新しいものに出会うことがなかなか難しくなってしまいそうです。そして、多様性は失われていきます。

不規則性やランダムなものが提案として挙げられていますが、ユーザー視点では快適なものではないので、解決策として機能するかというと難しいでしょう。しかし、本書では、プラットフォームの運営思想があったとしても、偶然の出会いをもたらすコンテンツの例を取り上げています。

ニコニコ動画初音ミクにおけるコミュニケーション消費(空間)もあれば、寺山修司の都市を舞台とした演劇「市街劇」における虚構というコンテンツと想像力によってプラットフォーム(この場合は街)に偶然性をもたらす取り組みもあります。

市街劇は政治色をもって生まれたものだそうですが、寺山氏の場合は現実と虚構を混在する状況をつくること自体を目的としていたとのこと。また、「出会いの偶然性を想像力によって組織すること」を演劇としています。作品(コンテンツ)のなかに「外部」や「他者」といった、快適な情報生活では出会わない要素を組み込み、出会うように仕掛けるという発想はかなり興味深いです。

自分が好きなもの、嫌いなもの。見たいもの、見たくないもの。そんな両極性をもった情報体験をどのように実現できるのか。情報社会の情念―クリエイティブの条件を問う』という本は、コンテンツから偶然性を仕掛ける可能性について考えるきっかけになるかと思います。

 

コンテンツやコミュニケーションの決定権が受け手にある時代、それでもメディアで人を動かしていくためには?

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(Photo by Aleks Dorohovich/Creative Commons Zero

「盲目的なメディア横断×リーチ拡大志向は誤り」

ブルーカレント・ジャパン代表の本田哲也氏と、LINE株式会社 上級執行役員の田端信太郎氏による共著広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』という本を読みました。1000人、1万人、10万人、100万人、1000万人、1億人、10億人それぞれの動かし方について書かれており、考え方など参考になることが多いです。

本書冒頭のほうでは「盲目的なメディア横断×リーチ拡大志向は誤りだ」とあり、マスメディアの接触時間が減り、インターネットのそれが増加している現状が指摘されています。そういった環境下では、予算を多く持たない小さな事業者や個人にもチャンスが広がるということです。

また、コンテンツの接触について、決定権(編集権と編成権)が消費者サイドに移っている、という田端氏の指摘も重要です。ドラマを録画で見たり、ニュース記事をニュースアプリで見たり、といったことは増えているかと思います。リーチについてのゴルフの例えも秀逸でした。

  • 必要なリーチの規模=ティーからカップまでの距離
  • ターゲティング精度は高いがスケールの小さいメディア(例・検索連動広告)=パター
  • リーチを稼げるが、精度は悪いメディア(例・テレビCM)=ドライバー

人を動かすには「心技体」が重要

規模別の動かし方については、特に100万人以上のものが興味深かったです(普段そんな機会がないので)。100万人ではネスカフェアンバサダー制度など魅力的なラベリングを発明し、かつ、承認欲求を満たすこと。1000万人では皇居ランなど、メディアを介さない目撃体験や、すでにあるものを再定義することで多くの人を巻き込むとしています。

さらに1億人では人が動く複数の要素が必要となり、新たな習慣を生み出すことなどがポイントとされ、ハロウィンなどが事例として挙げられていました。10億人となるとあまりイメージができませんが、LINEを例にコミュニケーションなど本能に訴えかけることやユニヴァーサルな欲求にも応えることが必要になるとのことでした。

それぞれの規模での人の動かし方を簡単に紹介しましたが、実際のところなかなか人を動かせない時代です。本田氏は「(これまでのように)広告やメディア(だけ)で(たくさんの)人を動かそうとするのはもうあきらめなさい」と書籍タイトルを補足し、心技体が重要としています。

  • 心=人の気持ち、感情、本音(インサイト
  • 技=メディアやコンテンツの戦略と戦術
  • 体=体験、体感

特に、リーチしたい規模に対してどのようなメディアが最適なのかを配置した「技のゴルフクラブ」という図(213ページに掲載)は必見もの。各メディアをコントロール/アンコントロールという軸で見ることもできるので重宝しそうです。

広告やメディアであきらめないほうがいい4つのこと

また、広告やメディアに関して「あきらめないほうがいいこと」も心に残っています。「人の本音(生活者のインサイト)を探求する」「ありのままを見せ、ある程度の判断を世の中に託す」「広告やメディアが本当の力を発揮する、最適な組み合わせを見出す」「世に溢れる情報の中に、あなたの商品やサービスの良さにつながるものがあると信じる」の4点。

常に自分が選択しようとすることを信じながらも、適度に自己否定しつつ、読者(消費者)に決定権があることを認識し、最適解を探していきたいです。

あとがきには「価値のないモノは増幅されない時代」という言葉も見られました。先日、「コピーできないウェブコンテンツづくりに必要な考え方とは? 『WIRED』創刊編集長ケヴィン・ケリーの視点」という記事で紹介したコピーできない価値(即時性、個人化、解釈、信憑性、アクセスしやすいこと、具体化、後援、見つけやすいこと)と合わせてチェックしていただけたらと思います。

  

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コピーできないウェブコンテンツづくりに必要な考え方とは? 『WIRED』創刊編集長ケヴィン・ケリーの視点

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(photo credit: Kevin Kelly — photo by Per Axbom via photopin

雑誌『WIRED(ワイアード)』創刊編集長を務めたケヴィン・ケリー氏によるエッセイ25本を収録した『ケヴィン・ケリー著作選集 1』を読みました。彼はLong Now Foundationの役員を務めていることもあり、長期的な視座をもちながら文章を書いており、インターネット/テクノロジーに関して、さまざまな示唆を得ることができます。

コピーできないものはなにか? その価値とは?

「無料より優れたもの」という章ではじまる本書。コンテンツのコピーもあるネット世界では、コピーできないものが貴重で価値あるものになると唱えます。コピーできないコンテンツ、というのはメディアの議論でよく出てくる言葉。ケリー氏はその例として「信頼」を挙げます。理由は、時間をかけて獲得するものだから。

このようなコピーできない価値を「生成力」と名付け、「種をまき、育てていかなければいけない性質または特性である」と定義しています。具体的には即時性、個人化、解釈、信憑性、アクセスしやすいこと、具体化、後援、見つけやすいこと、という8つのカテゴリーを提示。このように細分化すると、わかりやすいですね。

これらの八つの性質は、新しいスキルを必要とする。無料コピーの世界での成功は、流通に関するスキルからは生まれない。(中略)必要なのは、豊富さが共有という態度を生み出すこと、気前の良さがビジネスモデルとなること、マウスのクリックでは複製できない価値の育成が不可欠であること、などに対する理解である。(26ページ)

無料コピーの世界での成功は、流通に関するスキルからは生まれない」という言葉が非常に印象的。ではどのようなスキルや姿勢が求められるのか、についても考えられているのがさすがです。第5章「コピーの盛衰」でもわかりやすい例が示されています。

あるものが無料になり、普遍的なものになったとたんに、その価値は逆転する。夜間の電灯が珍しい時代に、普通のろうそくで明かりをとるのは貧しい人たちであった。ところが、電気が普及してほとんど無料になると、電球は安っぽく感じられ、ろうそくはディナーの席で豪華さを示すものになった。(57ページ)

「技術からの贈りものは、可能性、機会、思考の多様性である」

本書は、テクノロジーについての考えかたも多く掲載されています。特に「技術からの贈りものは、可能性、機会、思考の多様性である」という言葉。テクノロジーが人間を向上させるのは、機会の提供によって、さまざまな選択の可能性を広げ、新しい思考とその多様性を生み出していくのです。

テクノロジーの定義についてもさまざま紹介されています。アラン・ケイ氏の「テクノロジーとは、あなたが生まれた以降に発明されたものである」、ダニー・ヒリス氏の「テクノロジーとは、まだ動いてないものである」など、独自の視点でテクノロジーへのまなざしをもっていることは、テクノロジーに関する議論をするうえで改めて重要なのではないかと思いました。

 

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ウェブメディアは熱さと愛の方向・深さがカギ? 情報があふれるなかで「わざわざ」読んでもらうために

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(Photo by Tim de GrootCreative Commons Zero

「ブログで面白いのは、何かに対してものすごく『愛』があるか、『憎しみ』があるかがはっきりしている人」

コンテンツよりプラットフォームの寿命が短い時代にメディアが求められること」という記事で、インフォバーンCo‐CEOの小林弘人さんと日経ビジネス プロデューサーの柳瀬博一さんの共著インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』を紹介しました。今回も少しつづきを。

まず紹介するのは、柳瀬さんの言葉。なにかの書きものが、熱量や愛をもって適切な方法を向いて発せられていると、動かされることが多いように思います。

柳瀬 すべてがつながっちゃった今、ブログなんかで面白いのは、ものすごく何かに対して「愛」があるか、「憎しみ」があるかがはっきりしている人で、俯瞰して解説しちゃうコラムってあまり面白くない。(135ページ)

小林さんは個人には熱さや愛こそが必要であり、そこにお客さんやファンが集まると言います。チームが機能しているか知りたい場合、柳瀬さんは「お客さんが集まっているか」が指標になる、といったやりとりもされていました。

柳瀬さんは大きなメディアコンテンツと対抗できるものとしてのヒントとして、スナック、洋品店、理容店/美容室を挙げています。スナックと洋品店は「チェーン化できない」ということが共通点であり、売り物が商品やサービス以前に「ひと」である、ということです。

このことについて小林さんは、WIRED創刊編集長のケヴィン・ケリーが1000人のコアなファンを集めることができれば食べていけるという理論を引き合いに出していました。これは個人のクリエイターであれば、1000人のコアなファンがいれば活動できる、という考えかたです。サロンやメルマガなどにも言えることでしょう。

スマホSNSがあたりまえの時代にはタイトルやアイキャッチがトリガーになって記事を読むことが多いかもしれません。しかし同じくらい、誰が書いているのかであったり、そこでしか読めないものに価値を感じることが多くあります。柳瀬さんはこれからのメディアのつくり方について、「熱さの方向性」が切り口になり、最低上限としてその深度が十分かどうか、という熱さと深度を挙げていました。

ぼくはとてもムラがあるほうなので、あまり継続することが苦手です。だから一層、熱量や愛を絶やさず発信し続けられるまわりの人を尊敬しており、継続的に記事を読むようにしています。

「情報がいっぱいあると、人間の行動って多様性を増すどころか、めんどうくさくなって同じ答えに収斂しがちなところがあるよね」

第6章「フリー/シェア以降の新ビジネスモデル」に入ると、小林さんは「マーケティングに長けた人が出てくると、実力が及ばなくても歓迎される」と刺激的な発言。だからこそ、編集者が書き手の発掘や育成にエネルギーを注がなくなったとしています。

柳瀬さんも「情報がいっぱいあると、人間の行動って多様性を増すどころか、めんどうくさくなって同じ答えに収斂しがちなところがあるよね」と同調。SNSのフォローやキュレーションアプリの心地よさで規定される情報収集を超えていくために、なにかしら超えるものがあると改めて感じた部分でした。

たまにウェブからの情報収集をやめて意識的に知らない分野の本や雑誌を読んだり、それらを掘り下げたり、いろんな本屋さんに足を運んでみたり、ゆっくり時間をとって雑談したり——さまざまな方法があるのではないかと思います。

また、ウェブコンテンツはあふれるばかりのなかで、「わざわざ」読んでもらうにはスピードに加えて、繰り返しになりますが、熱量や深度が求められるとのこと。7章にはあえてウェブを遅くする、というスローウェブの話題も登場しています。ワンカラムのウェブメディアやじっくり長文・解説記事を読ませるようなサイトが好きなので共感しました。

コンテンツよりプラットフォームの寿命が短い時代にメディアが求められること」という記事に続いて、本の内容を紹介しましたが、さまざまな分野を飛び越えた話題を提供し続けながらメディアや編集の本質を問い、人間の性質や特性はなにか、といった大事なことを考える機会になりました。

 

コンテンツよりプラットフォームの寿命が短い時代、メディアに求められること

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(Photo by Matthew Smith/Creative Commons Zero

インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』という本を読みました。企業のコンテンツマーケティングを手がけるインフォバーンCo‐CEOの小林弘人さんと日経ビジネス プロデューサーの柳瀬博一さんの共著です。

オープンでフラットなウェブ世界が広がったと思いきや、クローズドな空間や濃いコミュニティを求めるようなこともよく見られるようになったいま、スマートフォンの普及とSNSの発展によって「原始時代2.0」が来ているのではないか、と説く内容はさまざまなジャンルの話が飛び交っていて刺激的です。あとがきでも書かれていますが、

この本は古き良き時代と新しい時代が融合した編集入門本です。いくつか印象に残っているところを紹介します。

情報があふれる時代、「文脈」で勝負していくことが重要

まず印象的だったのは、マスメディアよりも、情報にアンテナ立てているまわりの友だちからの情報摂取が多くなってきているということ。SNSの登場によって、マスメディアの情報発信も友だちの情報発信もひとつのアカウントから流れるものという意味では同等です。そんな時代のメディアのつくりかたの例として、柳瀬さんは、『もしドラ』の編集者だった加藤貞顕さんが起業して手がけている「cakes(ケイクス)」を挙げていました。

従来ならば、たとえばウェブマガジンを作る時に読者ターゲットを絞るために、IT系とか、カルチャー系とか、サブカル系って括りを作っていたでしょう。だけど、<ケイクス>はバラバラだ。なぜ?と思って実際に有料読者になってみて分かったのは、ケイクスってロック・フェスなのね。「会期中通しのチケットを買って、好きなところを3、4曲聴ければいい」という感じ。

さらに寄稿者ほぼ全員に共通しているのは、年配の人でも若い人でも、ツイッターフェイスブックで「友達力の強い人」なのね。個別にみんな客を呼べちゃう。<ケイクス>のブランドと寄稿者のブランドが等価。なるほど、ウェブ時代の媒体設計だな、と。(31ページ)

「会期中通しのチケットを買って、好きなところを3、4曲聴ければいい」という部分に関しては、以前に読んだ「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコ代表取締役の青木耕平さんのインタビューを思い出しました。

「メディアとは何か?」の定義づけから考えました。僕らにとってのメディアとは、まず購入や手続きなどの用事がなくても、読んだり見たりするためだけに来る価値がある。そしてコンテンツを一定の量、源泉かけ流しのようにずっと供給できること。読み切れない量のコンテンツが提供されていなければ胸を張ってメディアとは言えないんじゃないかと考えました。雑誌は一度じゃ全て読み切れないし、テレビも全ての番組を見ることはできない。FacebookTwitterも、いつ見ても読み切れない量のものが載っているからこそ、時間が空くたびにアクセスしますよね。常に刺激のあるインプットを得られることは、リピートしてもらえる信頼感につながります。

【広報インタビュー】青木 耕平 氏 株式会社クラシコム 代表取締役 - ValuePress! [プレスリリース配信・PR情報サイト]

また、自分たちで得た情報をパッケージ化しているマスメディアが、さまざまなプラットフォームやキュレーションサービスの出現がみられるなか、どのようにマネタイズすればよいのかという話題も。小林さんは、どういう「文脈」で勝負していくかということが重要になると言います。情報の群れに価値を与えること、本書では池上彰さんなどを例に、解説者のような能力が問われる時代になっているとしています。

実はメッセージは冗長じゃないと後まで残らないんじゃないかな

コンテンツがパッケージングされずにひとつひとつバラバラになってしまうスマホSNS全盛の時代。柳瀬さんは「プラットフォームの寿命のほうが、コンテンツの寿命より短い事例が増えている」という重要な指摘をおこなっています。プラットフォーム事業は初期投資がかかり小回りがきかない一方、それぞれのプラットフォームにあわせることができるコンテンツ制作側は生き残るという考えです。

このことは、「『情報はつねに広がりたがる』とは? メディアの成熟とコンテンツづくりの行方」という記事で書いたことともリンクします。コンテンツのほうがさまざまなメディアやプラットフォームで展開することができる可能性があるのです。

メディア/システム/体系/ルールは成熟の末に朽ちていく性質を帯びていくため、コンテンツの質を上げつづけるしかないという発言もありました。たとえば人気ゲームのキャラクターは、ゲーム以外にも映画やアニメ、おもちゃ、スタンプなどメディアを問わず展開されることも珍しくありません

「情報はつねに広がりたがる」とは? メディアの成熟とコンテンツづくりの行方

ちなみに海外では、SNSをはじめとする各ウェブプラットフォームに最適化したコンテンツを制作/流通させることを戦略的に狙うメディアも増えています。ここに関しては、「これからの報道に自社サイトは必要なくなるのか? 脱中心・分散型メディアの可能性」という記事も合わせてぜひ読んでみてください。

といったかたちで、本書には要所でコンテンツ論が登場します。WIRED日本版の創刊編集長でもあった小林さんはコンテンツを「マインドウェア」とも捉えていることも印象に残っています。

単発的にその場のアテンション(注意)だけ引ければいい、というコンテンツもあるかもしれないけれど、そういうものだと残存する時間は短い。実はメッセージは冗長じゃないと後まで残らないんじゃないかな、と思っている。(72ページ)

誰でもオープンな場での情報発信が可能になり、また、誰でも受け取ることができる時代。本書を読むことで、改めてコンテンツとメディア、プラットフォームにかかわる議論を身近な事例や知的な刺激を与えてくれる豊富な知識とともに知ることができます。 

 

クチコミから流行を生み出す6原則とは? 感情や物語、トリガーなどをコンテンツに組み込む重要性

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(photo credit: Olivia Chow's Community Art Project - Screwed Out of Our Share via photopin

クチコミになり流行するもの・ことに共通する点はどのようなことなのか。ほかのモノと比較して優れているものや価格設定なども、特定のものが広まる要因としてありそうですが、『なぜ「あれ」は流行るのか?―強力に「伝染」するクチコミはこう作る!』という本を読んでみたところ、クチコミによる流行についてさまざまなヒントが書かれていました。

ペンシルバニア大学ウォートン・ スクールでマーケティング准教授を務めるジョーナ・バーガー氏が執筆した本書は、クチコミが生まれ、流行が起きる理由を6つの原則を紹介しながら説明しています。それぞれ、ソーシャル・カレンシー、トリガー、感情、人の目に触れる、実用的な価値、物語の6つです。

クチコミを促す希少価値と限定価値、感情の種類

 1つめの「ソーシャル・カレンシー」は、取り上げる話題が、他者の目に映るその人の印象を左右するというもの。SNSの普及に一役買っているのが、自己共有や自己顕示といった要素ですが、実生活でも日常会話の4割が自分の経験談か人間関係に関する話という調査もあるそうです。

さらには自分の考えや経験を誰かに共有することが満足度が高いということがハーバード大学の研究チームの調査で判明していると紹介されています。つまり、自分をよく見せる、いい印象を打ち出すためにクチコミを使う人が多ければ、特定のもの・ことが流行する可能性が高まるのです。

ソーシャル・カレンシーの効果的な要素としては、①内に秘められた奇抜さを見つけ出す、②ゲーム・メカニクスを活用する、③インサイダー気分にさせる、といったことも挙げられています。①はこれまで当たり前だったパターンを打ち破った商品やアイデアが広まるというもの。②は航空会社のマイレージプログラムやNIKEのランニング支援アプリ「ナイキプラス」のようにゲーム的な要素が入っていることで利用が促進される事例が有名です。③については希少価値と限定価値がクチコミを促すとしています。

2つめは、「人々が関連するものを思い浮かべるきっかけとなる刺激要素」である「トリガー」。つまり、頭に思い浮かぶことが話題を呼び、行動につながるということです。目で見たり、匂いを嗅いだり、耳から聞こえたり、実際に使ってみたり、といった刺激は商品やアイデアを想起させる強いきっかけになるとのこと。

著者の調査では、頻繁に思い起こされる商品は、ほかのものよりも15%も多いクチコミを生み出すとの結果が出ています。また、そういった商品は即時的だけでなく、持続的なクチコミになるそう。トリガーを考えるうえでは、「思い起こすための刺激が頻繁であること」も重要であるとのことです。

3つめの「感情」は、バイラルメディアがそうであるように、伝染性のあるコンテンツはなにかしらの感情を呼び起こすということです。注意点としては、シェアを促進する感情もあれば、消極的にさせてしまうそれもあり、選別することが大切になります。

事例としてニューヨーク・タイムズの科学記事が最もメールされた記事に入っていたことが挙げられていたのが興味深かったです。おもしろい記事や役立つ記事が最もメールされた記事リストに入る率は平均より25〜30%高い一方で、あまり読まれなそうな科学関連の記事が入っていたことがあったとのこと。これは「畏敬の念」が理由だそうで、科学関連の記事も平均より30%高い確率という結果を示していました。

では、どんな感情がシェアにつながるのか。内容が前向き/後向きだとそれぞれシェアされる/されない、という分類がわかりやすそうですが、実際はそこまで単純ではないようです。カギとして挙げているのは、「生理的覚醒」という、体が活性化して行動する準備が整ったような状態をさす言葉でした。この覚醒状態は正と負の感情のどちらにもあるもので、正の感情では畏敬や興奮、楽しさ(ユーモア)、負の感情では怒りや不安がシェアを促進させるものとなっています。

購買と行動を後押しする観察可能性

4つめは「人の目に触れること」。本書ではスティーブ・ジョブズの例が紹介されていました。もともとアップルが販売していたノートパソコン「PowerBook G4」のデザインではリンゴマークはユーザー側から正しい向きで見えていたのを、ジョブズがほかの人から見たときに正しい向きに見えることも重要ではないかと問いを立てたそうです。第三者の目に触れる観察可能性(他人がやっていることを目にすると自分もやりたくなること)にジョブズが気付いていたのでは、と書かれていました。

観察可能性のあるものはクチコミになりやすく、購買と行動を後押しすることも強みになり、ウェブサービスを急成長させることにもつながるものです。たとえば、音楽ストリーミングサービスのSpotifyフェイスブックAPIを活用し、Spotifyでのユーザーの行動(サービス登録やどの曲を聴いたかなど)をフェイスブックの友人らにも通知することで、ユーザーが増加したことが紹介されています。

5つめの「実用的な価値」という点は、コンテンツマーケティングなどの文脈でも言われますが、ためになるコンテンツは広がりやすいということ。この点は、 1つめのソーシャル・カレンシーとも密接につながる話で、自分の見え方や評価にもつながるため、役立つコンテンツはシェアされることが多くなるのです。

最後の「物語」については、商品やアイデアについ話したくなるような物語を組み込むことが重要なのだとか。ストーリーやエピソードというものは、懐疑的になりにくいことを挙げています。その理由は、ある人の経験を経験していない自分が否定することは難しく、展開に夢中になっていれば異論を差しこむ余裕がなくなることが多いと著者は書いています。注意点としては、ブランドや商品にとってのメリットが物語と一体化したときにバイラルがはじめて最大の価値となるということ。つまり、意味のあるバイラルでなければならないことを強調していました。 

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シェアされるコンテンツをつくりたいときには、ソーシャル・カレンシー、トリガー、感情、人の目に触れる、実用的な価値、物語の6つを意識するとよいのかもしれません。同時に、すべて組み込むのではなく、コンテンツの種類や想定するターゲット、メディアによってどの点を意識するのかを変える技術も大事になってくるのでしょう。 

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米ニュースサイト「バズフィード」、オバマ大統領インタビュー実施へ

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photo credit: Obama speaking via photopin

米ニュースサイト「バズフィード」のベン・スミス編集長が2月10日、ホワイトハウスにてオバマ大統領にインタビューを予定していると、バズフィードがプレスリリースを出しています。サイト上でインタビューが公開されることに加え、バズフィードの動画部門「BuzzFeed Motion Pictures」が制作する動画でも大統領が登場予定とのこと。

バズフィードは2012年1月に政治メディア「ポリティコ」からスミス編集長を迎えて以来政治ニュースの報道に注力し、大統領選を追えるまでになりましたが、大統領に直接インタビューをおこなうのは初めて。インタビューに先立ち、メールやフェイスブック上でも質問を募っています。

ネコの写真まとめなどのバイラル実験からはじまり、社会的なニュースやビジネストピックをカバーし始め、いまでは200名ものジャーナリストを雇い、オリジナルの比重を高めながら、存在感を大きくしていったバズフィードが大統領をインタビューできるまでになったことがなにを意味するのか。

オバマ大統領は過去にRedditでAMAセッション(バラク・オバマだけど質問ある?)を開くなど、伝統的でない新しい対話のフォーラムを摸索し、実施してきました。他方、バズフィードはISIL(いわゆるイスラム国)の問題やウクライナ情勢など国際ニュースから国内のファーガソン暴動などさまざまなトピックを若者にリーチする形でカバーしてきました。今回のインタビューが若者と政治の新しい接点となることにも注目したいです。

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バズフィードが大統領にインタビューということも話題ですが、実はニュース解説メディア「ヴォックス」は1月23日にインタビューをおこなっており、最近、記事と動画がアップされました(ヴォックスもオバマ氏へのインタビューは初)。

編集長のエズラ・クラインやエグゼクティブ・エディターのマシュー・イグレシアスが国内情勢や外交についてインタビューをおこなっています。記事はワンカラムで左右の余白を注釈や詳細説明に活用していることも理解につながりますが、動画についてもグラフィックやアニメーションをふんだんに用いていてそのクオリティに驚きました。動画はすべてこちらから視聴できます。バズフィードの大統領インタビューがアップされたら、合わせてチェックしたいですね。

流行は20年周期で訪れる/キャラとプロデューサー視点を兼備した強さ

先日、ゲンロンカフェで開催された、 「J-POP IS OVER?――佐々木敦『ニッポンの音楽』刊行記念イベント」に参加してきました。『ニッポンの音楽』を上梓されたばかりの佐々木敦さんに音楽ジャーナリストの柴那典さん、音楽ライターの南波一海さんがJ-POPを語るというもの。

本書のなかのキーワードのひとつである「リスナー型ミュージシャン=他者の音楽のインプットを自分という回路でプロセシングし、自分の音楽としてアウトプットすることが、音楽家としてのアイデンティティの根本にあるようなミュージシャン」についてから話がはじまりました。

リスナー型ミュージシャンのモデルであり、渋谷系や、元ネタ参照のカルチャーがあるヒップホップ。南波さんはリスナー型モデルが徐々にへたっていると語っていました。また、神戸生まれ/育ちのtofubeatsBOOKOFFで音楽をディグっていたことはユニークなエピソードとして知られていますが、リスナー型ミュージシャンの最後の世代になるかもしれないと発言したこともあるとのことです。

柴さんは昔と今の参照の意味の違いを指摘。渋谷系の時代は、マニアックなものを知っていることが偉い雰囲気だったが、tofubeatsなどになると、みんな知っているようなベタなものを入れてその良さを再確認しようとしているのではないか、と。

佐々木さんは、本の最後を誰で締めるのか考えたという話題にも触れました。本書では中田ヤスタカで終わっていますが、相対性理論サカナクションRADWIMPS、AKBといった切り口も選択肢としてあったと言います。柴さんは「ゼロ年代の主人公は誰なのか」というのは大きなテーマであるとし、たとえば、宇多田ヒカルは2010年で活動休止したことから、文字通りゼロ年代とともに、歩みを進め、走りきった存在として挙げました。

続けて柴さんはテン年代の起源が2007年にあるとする説を話しました。初音ミクニコニコ動画、AKBなどがはじまった/注目され始めたあたり。佐々木さんはしかし、ゼロ年代がまだゆるやかに続いているとも。「流行は20年周期で訪れる」という、ブームを享受した大学生が20年後に社会人で会社のなかで権限を持つようになり、当時に回帰するというものも興味深かったです。

また、柴さんは独自のマトリックスでシーンを位置づけるのもかなり有益なものでした。表象と内面という横軸、全力と洒脱という縦軸。表象と洒脱が渋谷系、全力と内面はロキノン系、全力と表象はアイドル系、しかしながら、表象と洒脱についてはYMO星野源坂本慎太郎などがいるが、数は少なく売れるのも難しい象限だとしました。

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(このような図だった気がします)

SEKAI NO OWARIがもともと、全力と内面だったのに、メジャーデビュー後の初武道館の際に、「過激派ロックバンドからファンタジーポップバンドに変わる」と宣言。Vo.深瀬氏の「ライバルはディズニーランド」という発言も引用しながら、表象と洒脱という斜め上に突き抜けたという珍しい事象を指摘しました。

キャラ的なウケの視点をもちつつ、プロデューサー的な視点も持ち合わせていることがカギとなっているとのこと。佐々木さんはSEKAI NO OWARIゲスの極み乙女。など、いまの人気バンドの名前やキャラがエキセントリックな一方で、音楽性はウェルメイドと発言していました。

最後に、南波さんが監修した全国各地のアイドルの楽曲が100曲詰まったコンピが3月10日に発売されます。地方などにも行くなかで、CD-Rのものを買ったり、せっかく聴いても音が小さかったり、バージョンアップしているとうまくなっていたり(なってしまったり)と、フィールドワーク的に集めたものをまとめたかたちで、まさに編集の醍醐味だと感じました。

音楽業界はCDが売れなくなった後の展開や、海外における音楽ストリーミングサービスの隆盛など、めまぐるしく変わる状況を広くコンテンツのあり方や売り方に通じることもあると思い、さまざまな側面から注目しています。モノが売れなくなったときにどのように転換期を迎え、対応していくのか。メディアやジャーナリズムの分野がこれから苦しみそうなことが先に起きている業界として、引き続き、本やイベントなどを通じて勉強していきたいです。