『ヒットの崩壊』が発売から半年経っても売れ続けているワケ
『ヒットの崩壊』の反響
少し前になりますが、担当書『ヒットの崩壊』に関して、毎日新聞「キーパーソンインタビュー」欄で取り上げていただきました。著者の柴那典さんと一緒に担当編集としてもインタビューを受けました。
- 新書「ヒットの崩壊」が予見した未来 柴那典さん・佐藤慶一さん
https://mainichi.jp/articles/20170403/mog/00m/020/006000c - 著者はミュージシャンたれ 「ヒットの崩壊」の柴那典さん・佐藤慶一さん
https://mainichi.jp/articles/20170404/mog/00m/020/005000c - 伝統的な編集者観を疑え 「ヒットの崩壊」の柴那典さん・佐藤慶一さん
https://mainichi.jp/articles/20170405/mog/00m/020/006000c
いま、書店やアマゾンなどには3刷などが流通しており、引き続きじわじわと売れ続けている本書ですが、音楽業界はもちろんのこと、メディア業界からの反響も大きさも発売直後から実感しています。
メディア業界の先行指標という実感
キーパーソンインタビューの中の自分の発言を少し引用しながら、振り返ってみます。
--小室哲哉さんが連発したようなメガヒットはないが、今は多くの選択肢をもって楽しむことができますよ、と。それを「ヒット崩壊」の最大の主題として受け止めました。
佐藤さん あるマーケターの方は「ピコ太郎の出現を予測してくれた本だ」というブログを書いてくださいましたし、僕自身メディアの側にいるので、新聞・出版の方からの反響はよく聞こえてきた。彼らも音楽業界がメディア業界の先行指標になると何となく知っていたり話したりしますが、実感はしていない。僕もかつて腑(ふ)に落ちない部分があったのです。
しかし2年前、オランダでブレンドルという「ジャーナリズム界のiTunes」を標ぼうするベンチャーのニュース配信サービスを取材した。ドイツの大手新聞社アクセル・シュプリンガーや米ニューヨーク・タイムズも出資しており、個々のユーザーに応じて表示する記事を変える、記事を一本単位で購入できるようにする、など面白い試みをしていた。その取材時、「ベンチマークしているサービスは何ですか?」と尋ねたら、「スポティファイを手本にしている」と言うのです。メディアのサービスを作るとき、音楽サービスの操作性やユーザー体験を参考にしているのだと感心しました。メディアの最先端ってそういう認識なんだと肌で感じました。
--オランダの新興ニュースメディア「ブレンドル」が、世界最大手の音楽配信サービス「スポティファイ」を手本にする。おもしろいですよね。見習おうとしているのは、スポティファイが得意とするお薦めリストといった機能ですよね。
佐藤さん はい。(利用者一人一人の好みに合わせる)パーソナライズやリコメンド(お薦め)機能ですね。当時、コンテンツのテーマから出発するものがほとんどで、ユーザー体験を出発点にするメディアは少なかった。ニュースや新聞のユーザビリティー(使い勝手、使いやすさ)ってどうなのか、根本から考えるってないですよね。雑誌の創刊でも競合を調べて「ここのニーズが空いているから、これを作ろう」と考える。発想がまったく違うのが面白い。
大事なのは、ユーザビリティーに優れることは若者がお金を払うことにつながる点。ブレンドルのユーザー層は20~30代に多く、登録した読者には2.5ユーロを付与している。なぜなら若者は記事にお金を払う経験がなく、「記事を買う」経験を作るところから始めているのです。取材時には、ジャーナリズムの世界には摩擦がなくスムーズに利用できるサービスが必要だ、と言っていました。そういう設計の部分はスポティファイをすごく参考にしているそうです。
もともとこのブログで海外メディアの最先端に触れているなかでも、音楽ビジネスの変遷は意識していましたが、メディア業界の先行指標としての音楽ビジネスというのを自分ごととして捉えることができたのは、2年前にオランダのメディアを取材しに行ったことでした。
多様な接点・流通を意識すること
また、cakesでの全文公開についてもお話しました。
近年では少しずつ増えているプロモーション手法ではありますが、発売後4ヵ月ほど経ってからカテゴリ1位を獲るきっかけとなるなど、その効果をたしかに感じることができました。
--同時進行で、本は書店に並んでいるが、ウェブ上でも無料公開が続いていたと。
佐藤さん 新書は特に毎月各レーベルから新刊が出るので、書店で平積みされるのは1カ月だけ。その後は棚に入ってしまう。そうなるとお客さんとの接点が減って、賞味期限を終えてしまう。でも、今回のように定期的なペースで無料公開していくと、「ここが面白いから買う」といった接点が新たに生まれます。まさにチャンス・ザ・ラッパーの部分はものすごく読まれて、J-POP関連の書籍ランキングで1位になった。全文のウェブ公開は講談社現代新書で初の試みでした。
ネットで読める長さにしたり、タイトルを書籍とは変えたり、長期的に公開することで、書店とはまた違う多様な接点を作り出すことができました。接点、流通を意識することの重要性を改めて感じました。
メディアのこれから
最後には、生意気にもメディアのこれからについてお話しました。
基本的にあまのじゃくな性格なので、伝統的な記者観、編集者観を疑うことがまずは必要なのではないかと。現状維持、予定調和はなんとしてでも避けていきたい編集人生です。
--今後の活字メディアについて「こうなっていく」「こうすると面白いのでは?」というお考えを聞かせてください。
佐藤さん 新聞は、単純に書き手の顔が見えないと、SNSやネット上では通用しないと思う。顔が見えず、だいぶ損をしているかなと。記者にファンが付くことで記事の面白さが増す面もある。いま各社に名物記者はいますが、普通の記者さんもファンを抱えるために顔を見せていく。出版社も同じで、編集者は「黒子であれ」でなく、もっと動きようがあるのではないか。つまり、伝統的な記者観、編集者観を疑っていくと面白くなるのではないかと思います。
ひきつづき、『ヒットの崩壊』をよろしくお願いいたします!粘り強く売り伸ばしていきます!