メディアの輪郭

更新するだけ健康になれる気がしています

メンバーズ、元アトコレのMiner Studio買収――若手起業家がつくるメディアの未来

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ソーシャルメディア活用支援やWebサイト運用などを提供するメンバーズが9月29日、株式会社マイナースタジオ(元・株式会社アトコレ)の買収・子会社化を発表しました。買収額は公表されていませんが、複数の関係者によれば数億円規模だそう。

アトコレは「みんなの美術館 アトコレ」の運営から事業をはじめ、ニュース解説サイト「The New Classic」やお出かけ情報サイト「Banq」など複数のWebメディアを5名ほどのチームで運営しています。

マイナースタジオ社の原型となったアトコレはクラウドワークス取締役副社長・成田修造さんやMERY運営のペロリ代表・中川綾太郎さんや河合真吾さんが在籍していたことでも知られています。資金関連では2011年、Samurai Incubate Fundより約450万円の資金調達を実施。その後もともと代表をつとめていた成田さんが退任され、チームが一新して1年半前から本格的に再スタート、今回の売却に至りました。

「メディアよりもサービスが伸びていた」

今回の件に関して、マイナースタジオ代表の石田健さんに少しお話を伺うことができました。月間200〜300万訪問数に到達していたこともあるThe New Classicが評価されたのかと思っていましたが、どうやらBanqやその他オウンドメディア構築・運営/コンテンツマーケティング関連の知見が大きかったようです。

「実はメディア運営よりもサービスのほうが伸びていたんです。コンテンツをつくり、メディアに落とし込み、流通や分析までおこなうサービスを提供しており、メンバーズグループに入ることでいまのチームが活きるのではないかと思いました」

現在いくつかのオウンドメディア運営にかかわっており、その売り上げが伸びていたとのこと。このあたりには、短期間で複数メディアを数百万UUまで成長させてきたノウハウが生きているのでしょう。

仕組みを意識したインバウンドメディアをつくる

メンバーズでは中長期的に訪日外国人向けのインバウンドメディアに注力したいとの考えがあり、アトコレが運営してきたローカルなお出かけ情報メディア「Banq」がその部分を担っていくようです。

同メディアはリニューアルをおこない、他言語展開を視野に入れて成長させる計画だそう。アトコレではここまでに書かれていないメディアも水面下で運営していましたが、今後はBanqに集中させていくとのこと。

「オウンドメディア運営に関するコンテンツ制作や流通で得た資金を新たなインバウンドメディアに投入していくようなイメージを持っています。チームとしてもワンプロダクトを伸ばすよりも、コンテンツの制作や流通の仕組みをどう活かしていくのかに関心がありました。

また、既存のインバウンドメディアの多くは日本のいいところを紹介するところに寄っていて――ぼくもそこに関心はあるのですが――それなりの数の読者を獲得していくには、仕組みを意識したメディアづくりが大切になると考えています」

 「複雑なものを複雑なまま伝えたい

ところで、石田さんは個人として海外メディア動向を伝えるメディア「メディアハック」を運営していたり、The New Classic時代にはいくつかの重要かつ本質を突く(超)長文記事を執筆するなど、書き手としても精力的に活動しています。 

個人的にはThe New Classicのコンセプトやアプローチが好きで、海外メディアにおけるVox.comやBusiness Insider、Quartzあたりの影響が見え隠れしています。このあたりのアプローチを咀嚼して実践している日本のメディア運営者は石田さんくらいしか思い浮かびません。そのコンセプトや狙いについては過去のインタビューなどでも話されています。

石田:複雑なものを複雑なまま伝えたい、という意味では、編集の方針はむしろ時代に逆行しているとも思うんです。どんなにニュークラでふざけた画像を出しても、その分で、重めにコミットしている人をちゃかすことはしません。複雑なことを複雑なまま届ける、それがいちばんやりたいことです。

(中略)

石田:「世界に世界を説明しよう」を掲げています。これはフランスの歴史家リュシアン・フェーヴルの言葉です。「世界に世界を説明する」。これはとても難しくて、とてもクールなことだと思っています。

たとえば「戦争が起きました」。では「なぜそれが起きたのか」、これを実証しようと思ったらコストも時間もかかるわけです。今のところ、それは大学が担保しようとしていますが、本来的には、大学だけじゃなくて色んなところが担うものだと思っています。新聞なんかもそのひとつですね。

とはいえ、そうした実証はお金や人材がいないとできません。たとえばある人が「第二次世界大戦においては、メディアの影響が大きかった」と語りたいのなら、しっかりとリサーチデザインをして、仮説を立てて…という作業をする必要があります。しかし、そういうコストは一人のブロガーではまかない切れません。ニュークラはそういう情報を生産できる場になればいいな、と考えています。

(「イケハヤマガジン増刊号 Vol.1:MEDIA-MAKERSムーブメントは起こるのか!? メディア野郎への道標」より) 

過去には「インターネット界隈の事を調べるお」にて「数年後『アトコレマフィア』とか呼ばれるかもしれない若手起業家達」というブログ記事も出ていたアトコレ(現・マイナースタジオ)。先述のとおり、コアメンバーは多方面で活躍しています。今回の買収は、若手メディア起業家のひとつの成功として重要な出来事だといえそうです。

Medium、5700万ドル調達――良質なブログプラットフォームはようやく収益化に向かうのか

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ブログプラットフォーム「Medium」がアンドリーセン・ホロウィッツをリードインベスターとする資金調達を実施、その額は5700万ドルとのことです(Google VenturesやGreylock PartnersもシリーズAに続き参加)。Re/codeなどが報じています。増資前評価額は4億ドル。

アンドリーセン・ホロウィッツは2014年8月にバズフィードに対して5000万ドルの投資をおこないましたが、今回のものはそれ以上の規模となっています。

ページビューではなく読んだ時間に指標を置くMedium。毎週2万人以上が投稿し(意外と少ない)、2500万訪問数を記録しているようです。ミニマルなデザインのなかで良質なストーリーを読む場所としての完成度は高いので、あとは収益化の部分が課題でしょう。

すでにテックやトラベル、サイエンス、教育などさまざまな分野のメディア内メディアを立ち上げそのなかの一部は企業によるスポンサードとなっています。今年3月にはVox Mediaで広告営業のトップだったJoe Purzycki氏が参画。スポンサード広告のほか課金なども収益化の選択肢として考えているようです。

なお10月7日にはイベントを開き、新機能や新たなパートナーシップなどを発表するとのことで楽しみに待ちたいです。「メディアの輪郭」ではMediumについては編集者を入れていく動き(プラティッシャー化)や指標づくりなどに注目しており、いくつかブログを書いたことがありました。

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ブログプラットフォーム「Medium」、編集を入れてジャンル特化の動き(2014年5月)

プラットフォームとパブリッシャーの中心にある「プラティッシャー」。メディアの「プラティッシャー化」はしばらくは注目の動きとなりそうです。

そんな中、Digidayの記事Twitter共同創業者エヴァン・ウィリアムズとビズ・ストーンが立ち上げたブログプラットフォーム「Medium」のプラティッシャーの動きについて書かれていましたので紹介します。

日本語のでは、「新しいブログのプラットフォームMediumがその存在感をどんどん増している件」という記事にその特徴や思想がまとまっています。同記事で紹介されているMediumのラディカルさは以下の点です。

  • 価値のある記事は、誰が書いたかは関係ない
  • 価値のある記事は、いつ書いたかは重要ではない
  • ひとりの最高の書き手の100の記事より、100の書き手の最高の記事のほうが価値がある
  • 記事の価値は、共有された「数」などで計ることはできない
  • ひとりの読み手は、限られた数の記事しか読むことはできない

この点を知るだけでも、十分おもしろいのですが、このたび編集を入れて、ジャンル特化の動きにも出ていくMedium。現状では、毎日1200本ほどの記事が投稿され、そのうちの90%が無償での投稿とのこと(つまり120本ほどが有償で書かれた記事)。

これまでも一部の寄稿者に報酬も支払っていたMediumですが、まずはスポーツに特化したメディア「The Cauldron」をつくり、50名ほどの編集者やライターを用いて、コンテンツをつくっていくようです。

良質なプラットフォーム上で、良質なコンテンツをパブリッシュしていく。スポーツ以外にも、様々なジャンルに進出するようです。ユーザー投稿型と、パブリッシャーの境界線の非常にあいまいなところにいるMedium。そのバーティカルメディア戦略には注目したいですね。

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プラットフォームによる新しい指標づくりが重要ーー「Medium創業者エヴァン・ウィリアムズの7つの教訓」を読んで(2015年5月)

WIRED.jpに掲載されていた「Mediumをつくった男、エヴァン・ウィリアムズの7つの教訓」という記事が非常におもしろかったです。月間MAU2500万人を超えるというこのプラットフォームでは「書き手と読み手のための最高のツールをつくること」を重視しているそう。

ここで挙げられている7つの教訓は、一つひとつ考えさせられるものでした。

  • アクセス解析は、最も知らなければいけないことを教えてくれない
  • 人々が互いに話しかけるのを助けるのは、思ったより難しい
  • しかし、人々が互いに礼儀正しくするのを助けるのは、思ったより簡単だ
  • オンラインでの礼儀正しい会話を生むためのカギは、ソーシャルツールを適切なものにすることだ
  • プラティッシャー(platform+publisher)
  • 人々はより少ない読者に向けて発表するときに、より多くを書く
  • 書き言葉は、最も影響力のあるメディア形式だ

プラティッシャー「Medium」が重視する指標

アクセス解析は、最も知らなければいけないことを教えてくれない」「プラティッシャー」「人々はより少ない読者に向けて発表するときに、より多くを書く」の3つを取り上げてみます。

まずは、「アクセス解析は、最も知らなければいけないことを教えてくれない」ということ。Mediumでは、「TTR」(Total Time Reading)という指標を用いて、ページの閲覧時間を重視しています。

このようにページビュー以外の指標を掲げ、プラットフォームの世界観とセットで打ち出していくのは、いちメディアが滞在時間を重視します、ということよりだいぶインパクトのあることでしょう。そのため、メディアが新しい指標を設けていくことはもちろん、プラットフォーム側がルールを書き換えていく動きにも注目していきたいですね。

次に、パブリッシャーとプラットフォームと掛け合わせた造語「プラティッシャー」について。この考え方は、腑に落ちる部分もあるのですが、独立したパブリッシャーや独立したプラットフォームと比較すると意外と成功事例は少ないように思います。海外ではフォーブスが大量のブロガー活用をしたり、ヤフーがジャンル特化型のメディアをつくったり、さまざま動きがあります。実際、Mediumでも、いくつかのメディアを立ち上げています。

おそらく短期的にはプラットフォームがパブリッシャーに寄っていくのが目立つと思うのですが、逆のほうがインパクトがあるのではないかと考えています。はっきりと言語化はできていませんが、以前書いた記事にも通じるところがありそうです。

満足と期待に対する課金、そのバランス

「人々はより少ない読者に向けて発表するときに、より多くを書く」というのは、コミュニティとも結びつく発想です。ページビューを稼いで広告で稼ぐ、よりも小さく密な読者に向けてじわじわを広げていくようなモデル。

最大公約数というよりは、最小公倍数から攻めていく。ローカルやニッチ、専門性・・・ネット上の情報の切り貼りで完結しない、一次情報を発信するメディアはこのような考えが多くなっていくのではないでしょうか。特に課金においては、満足に対する課金、期待に対する課金、そのバランスが重要になるのではないかと思います。

エヴァン・ウィリアムズの7つの教訓は、メディアにかかわる立場(ライター/編集者、メディア/プラットフォーム、コンテンツ/広告(営業))や、メディアのかたち(広告型/課金型など)によって強く共感したり、ピンとこなかったりするのだと思います。「書き言葉は、最も影響力のあるメディア形式だ」と言えるのはとても強いです。

おわり。

YouTubeの戦略「スリーH」とは/Antennaがラジオに番組提供する理由――プラットフォーム群雄割拠のいま

毎週通っている池袋ジュンク堂の雑誌コーナーをのぞいていたら、ビデオリサーチが発行している雑誌『Synapse(シナプス)』を見つけたので買ってみました(ビビッドなピンクが目立っていました)。特集は「プラットフォーム群雄割拠」。

動画系プラットホームではHuluの船越雅史さんやdTVの村本理恵子さん、YouTubeの中村全信さん、GYAO!の半田英智さん、ネットメディアではNewsPicksの佐々木紀彦さん、Antennaの杉本哲哉さん、logmiの川原崎晋裕さんが登場しています。

YouTubeのコンテンツ戦略「スリーH」とは?

ネットフリックスのリリースもあり、盛り上がる動画やストリーミング市場。各インタビュイーに「気になるプレイヤーどこ?」的な質問も投げられていますが、それぞれの考え方や意識している部分の違いが印象に残りました。

たとえば、Hulu船越さんが語るレコメンド。「自分の尊敬する人や友だち、家族に"あれ見なよ"って言われること」が最大のレコメンドだと語り、さらには「スーパーのチラシが最大のレコメンド機能」と表現していました。現在は本国のレコメンドシステムを使用していて、日本では試行錯誤しているところだそうです。

この数年YouTuberの台頭で盛り上がるYouTubeでは、人気の動画をめぐるコンテンツストラテジーがあるとのこと。その名も「スリーH(ヒーロー、ハブ、ヘルプ)」。ヒーローは普遍的に持つ感情を刺激する動画、ハブは生活者と企業を結びつける動画、ヘルプは助け(課題解決)になる動画。YouTubeはグーグル検索に次ぐ検索エンジンでもあるため、このような傾向になっているそうです。

また、YouTubeの中村さんはトレンドとして動画の尺を挙げていました。「認知を高めるだけなら短くてもいいんです。一方でブランドとしてのあるべき姿を描く動画は長尺でも受け入れられている。例えば有名な『リアルビューティースケッチ』のような」。動画トレンドは来ているようですが、実際のところ視聴される尺の長さについての考察などはもっと読んでみたくなりました。

Antennaはなぜラジオ局に番組提供しているのか?

「デジタルメディアの新潮流」という第二特集では、ニューズピックス佐々木さんが雑誌が厳しい状況について「地下鉄でもスマホが通信できるようになり、雑誌の売り上げが去年ガクッと落ちましたよね。そもそも雑誌は、コアなファンと暇つぶしのふたつの需要があったと思うのですが、後者がその時点でなくなってしまいました」と発言しています。

以前書いた「完成物でなくプロセスを売ろう――コミュニティはメディアとエンタメ不況を救えるか」にも強く関係すると思いました。暇つぶしに関しては多種多様なアプリなどもあるので、前者(コアなファン)に対して何かしらのアプローチが必要になってくるのでしょう。

続いて登場するアンテナ杉本さんの話のなかでは、なぜ同サービスがラジオ番組に番組提供しているのか、という部分が印象的でした。

「ラジオはビジュアルがない分、親和性が高いと思っています。例えば、ウユニ塩湖のことをラジオで聞いたら、相当すごいのは分かるけれども、どんな景色なのか見たくなるじゃないですか。そんな時にAntennaに記事が出ていると、シナジーになりますよね」

J-WAVEで3つの提供番組があるそうです。Webメディアはテキストやビジュアルなど視覚先行ですが、ラジオは聴覚先行で視覚要素がない。そこを相互にカバーしようとしているのが腑に落ちました。

ログミーの川原崎さんはメディアの未来について「イメージはコンテンツ自体がどんどん裸になっていく感じです。昔は雑誌のなかにコンテンツがびしっと張り付いていて、コピー不可能だからそこから動かなかった」と語ります。

コピペによるコンテンツ増殖や外部プラットフォームでの閲覧など昨今のメディア環境では考慮するポイントが多いですが、読むだけでなく「使う」ことを視野に入れているログミーの進む方向には注目していたいです。

ところで『シナプス』は"テレビとメディアを応援するマガジン"を掲げているようです。ネットとは違う層に最先端の動向などの情報を届けることが狙いなのかもしれませんが、改めてこういうテーマを紙媒体にする意味やそのむずかしさをどことなく感じました。

3年で約6億PV、世界展開、事象を詳報――メディア新時代を鮮烈に切り拓いた「クオーツ」の功績

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アトランティックメディア社が2012年に開始した、新鋭ビジネスメディア「Quartz(クオーツ)」 が3周年を迎えました。それを報告する記事では、さまざまなデータやこれまでの軌跡が示されていました。

クオーツが生みだした3年間の功績

フルタイムのジャーナリストが70名。3年間で5.8億PV、1.7億訪問数を記録しています。グローバルかつハイステータスな読者を狙ったメディアとしては十分な数字なのかもしれませんが、アフリカやインドへの進出によりさらに伸びる余地は大きいでしょうう。

多くの読者がアップルニュースやフリップボード、スマートニュース、グーグルニューススタンド経由で読んでいるとのこと。だからといって、コアな読者がいないかというとそうではありません。「Quartz Daily Brief」というニュースレターには15万6千人が登録しています(ぼくも購読していますが、半数ほどが開封しているそう)。そしてイベントもアメリカやイギリス、インドなど世界中で開催しています。

今年に入ってからの注目の動きとしては、動画も好調で3500万回再生を超えていること、クオーツが制作したチャートを検索したり、ダウンロードしたり、埋め込んだりできるAtlas」というデータビジュアライゼーションプラットホームは異次元であること(2014年だけでも4000ほどのチャートが制作されているのだとか)、英語圏メディアらしく「Actuality」というポッドキャストを提供し始めていること……細かく終えていない間にさまざまな取り組みがおこなわれていました。

最後に、2013年〜2014年にかけてクオーツについて取り上げたブログ記事を参考までにいくつか紹介します。クオーツをあまり知らない方にとって、なんとなく概要を把握できるものになっていれば幸いです。 

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記者に「専門分野」は求められなくなるのか? クオーツが志向する未来のメディア像(2013年11月)

「No more "beats"(「専門分野」はもういらない)」

これはクオーツが掲げるメディア像の一つです。記者といえば、経済、社会、政治など特定の専門性のもと取材を重ね、記事をつくっていくことが求められていました(いまも求められることが多いと思います)。

ストレートニュースではなく特定テーマを追う

しかし、同メディアは「記者に専門分野は求められなくなる」と考え、メディア設計を行っているようです。500語以下のショート記事と800語以上の長めの記事を出していることでも知られていますが、その方式についても独特の編集方針を持っています。

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『クオーツ』は「オブセッション」という方式を取っている。常時、重要トピックを1ダースほど設定し、集中的に詳しく伝えている。これは雑誌スタイルとも言える。そしてまた、「クオーツ・カーブ」という編集哲学に基づき、記事を送り出している。

アメリカで躍進中のビジネスニュースサイト『クオーツ(QUARTZ)』 その編集方針と経営戦略を聞いた

この「オブセッション」とは、一定期間追いかけている特定のテーマのようなもの。現在のテーマは、「The mobile web」「Digital money」「Energy shocks」「Euro crunch」「China’s transition」「The future of finance」「The cloud」「How we buy」「Debt」「Borders」「Space Business」「Abenomics」「US Immigration」となっています。

経済系が多いのはビジネスメディアなのでもちろんですが、意外とデジタル系が多かったり、宇宙ビジネスなどもカバーしていたりと、「オブセッション」の変化を見ていくのも面白いかもしれません。

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クオーツ記者はある程度「オールラウンダー的」

さて、冒頭の記者の専門性の話に戻ります。エコノミスト紙を経てクオーツでグローバルニュースエディターを務めるGideon Lichfield氏は次のようなことを言ってます。

決まった専門分野を持つ代わりに、我々は絶え間なく進展する「事象」を集めるニュースルームづくりしています。「金融市場」は専門分野ですが、「金融危機」は事象です。「環境」も専門分野ですが、「気候変動」は事象です。(中略)我々はこれらの事象のことを「オブセッション」と呼んでいます。

クオーツはロイターをはじめとする通信社のコンテンツをアグリゲーションし、速報記事をカバーしています。そのため、この「オブセッション」に力を入れることができているのです。

ニュースを専門分野ではなく、事象で捉え、点ではなく、面でのコンテンツ発信を意識すること。さらに、Gideon Lichfield氏は、ニュースを事象で捉えることは分野を横断的にまたぐこともあるので、クオーツの記者はある程度「オールラウンダー的」にならざるを得ないとも言っています。

分野横断的にニュースを捉えていくこと

記者に専門分野は求められなくなり、ジャンル横断的になっていくのでしょうか。クオーツの掲げる「オブセッション」を含め、これからのメディア/記者像について考える一つのきっかけになればと思います。

専門分野を超え、分野横断的に「オブセッション」としてニュースの捉えるクオーツの志向するメディア像については引き続き目を向けていきたいところです。最後に、参考までにクオーツの特徴をいくつか挙げておきます。ウェブメディアを設計する際のヒントがあるかもしれません。

  • ページ型でなくストリーム型
  • バナー広告でなくネイティブ広告
  • 記事下部でなくパラグラフごとのコメント
  • レスポンシブWebデザインの採用(モバイル/タブレットを意識)
  • 速報はアグリゲーションでカバーし「オブセッション」に注力 
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月間読者500万人超えたデジタルメディア「クオーツ」が2014年に見据えること(2014年2月)

18ヵ月で500万人の読者を抱えるビジネスメディア

アトランティックメディアが2012年にモバイル/タブレットファーストを掲げたビジネスメディアとしてスタートしたクオーツ。立ち上げから18ヵ月経ち、1月の月間読者が500万人を抱えるまでになりました(12月にはメルマガの読者が5万人を突破)。

しかしながら、6割の読者がパソコンから読んでいるので、思ったよりモバイル/タブレットファーストの実現には至っていないよう。それでもレスポンシブデザインはきれいですし、タイムライン型のメディアとして、無限スクロールやスクロールで次の記事を読むと勝手にURLが変わる仕組みなども秀逸です。

そんなクオーツのトラフィックの半数がソーシャル経由とのこと。 パソコンからのトラフィックは9〜17時の日中のワークタイムが多いよう。

2014年はデータビジュアライゼーションと米以外の読者獲得

2014年はデータビジュアライゼーションにも力を入れていくようです(現状でも多くの記事にインフォグラフィックやチャートを見かけます)。

同時に、アメリカ以外の読者獲得も目指すのだとか。1月は40%以上がアメリカ以外で、そのうち15%がイギリスからだったとのこと。現在は30名以上の記者を抱えているのですが、昨年9月にイギリスのジャーナリストも雇用し、同国での読者開拓も行っています。

現状は、まだまだパソコンからの流入が多いようですが、今後スマホタブレットユーザーが増えるにつれて、クオーツの戦略は成熟していくことでしょう。先進的なデジタルメディアとして、その戦略を追うことで参考になりそうです。

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米国におけるデジタルメディアの動向とは? クオーツ発行人 ジェイ・ローフ氏のプレゼンを聞いた(2014年10月)

クオーツというメディアの革新性について、海外では多く報道されているものの、日本での認知はほとんどありません。以前、クオーツのパブリッシャー兼プレジデントを務めるジェイ・ローフ氏が来日した際にプレゼンを聞いてきました。米国におけるデジタルメディアの動向と広告の潮流についての発表で参考になりました。いくつか情報をシェアしたいと思います。

「もしそのニュースが重要なら、ニュースのほうが私を見つけるだろう」

WIREDのパブリッシャー、アトランティックのパブリッシャーを経て、アトランティックメディアが2012年に新設したQUARTZのパブリッシャーになったローフ氏。自然とページが変わるデザインやネイティブ広告でも注目される同メディアは、現在、月間550万UUを記録しています。

ローフ氏はさまざまなデータを紹介し、ニュースをとりまく環境変化を伝えました。決まった時間にニュースを見る人は2002年の49%から、2012年には37%に減少する一方、すきま時間に見る人は2002年には49%、2012年には57%に増加しているとのこと。

そして、2006年、Twitterの登場をきっかけにさらに環境は変わりました。当時流行った「“If the news is that important, it'll find me.(もしそのニュースが重要なら、ニュースのほうが私を見つけるだろう)」という言葉も紹介。スマホやソーシャルの普及により、新聞のようなプル型メディアから、プッシュ通知などをはじめとするプッシュ型メディアに大きく変わっているとしました。

(アメリカでは)61%がニュースの閲覧にモバイルやタブレットを使用(41%がモバイル、20%がタブレット)、そしてPCが30%と、構図が逆転しているのです。新聞含め、紙メディアやウェブメディア初期は一面やホームページが機能していたけれど、いまでは60%のトラフィックがソーシャル流入なため、アンバンドル化が進んでいます。また、91%のエグゼクティブがニュースをシェアをしているという興味深いデータの紹介もありました。

500語よりも短い記事と、800語よりも長い記事に特化

QUARTZは、シェアとエンゲージメントに適応したコンテンツということも意識しているようです。500~800ワードはあまり読まれない/シェアされないという「クオーツカーブ」も紹介しました。

アメリカの新聞の平均的な記事の長さは、紙面の上から下までの一段の記事で、語数にして700語台である(日本語に訳すと2千数百字になる)。だが、『クオーツ』は、500語よりも短い記事と、800語よりも長い記事に特化している。

この哲学に行き着いたのは、トラフィックを分析したところ、デジタルでよく読まれるのは短い記事か長い記事のどちらかだという分析結果を得たからでもあり、700語台の記事は無駄が多いと考えるからでもある。

アメリカで躍進中のビジネスニュースサイト『クオーツ(QUARTZ)』 その編集方針と経営戦略を聞いた

短いものでは、インフォグラフィックや短編動画で記事を構成し、長いものはストーリーテリングやシリーズものの報道といったものになっています。クオーツカーブのように、データをもとに、メディア環境の流れをコンセプトに昇華できるのはすごく魅力的なことだなと思います。

「53%の消費者が、バナー広告よりもネイティブ広告を見ている」

デザインに関しては「Radically Simple」「Responsive Design」の言葉を挙げていました。バナーやハイパーリンクなどを入れず、コンテンツに集中してもらうことでエンゲージメントを高めるようにしていたり。だからこそ、ネイティブ広告も活きてくるのでしょう。

続いてローフ氏は、ROI(投資利益率)、モバイル、ソーシャルインプリフィケーション、デジタル、エンゲージメント、パブリッシャーなどの要素がネイティブ広告を後押ししたと紹介。「53%の消費者が、バナー広告よりもネイティブ広告を見ている」といったデータもあるそう。

効果的なネイティブ広告には、質、関係性、目立たないこと(Unobtrusive)、デバイスに最適化すること、透明性などの要素が挙げていました。質に関する実例としてゴールドマン・サックスが提供する「Macroeconomic outlook for 2014」を紹介していました。

プレゼン後の質疑応答セッションでは、本題にあまり関係ないけれど、クオーツのひとつの強みであるデータビジュアライゼーションツール「チャートビルダー」について聞いてみました。

オープンソースとしてGitHub上で公開されており、データジャーナリズムサイト「FiveThirtyEight」のネイト・シルバーをはじめ、著名なジャーナリストも活用しているツールとなっているようです。間接的にチャートを活用した記事づくりを促進しているのが素敵です。

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老舗メディアからクオーツのようなメディアが生まれることには希望しか感じません。個人的にはVox.com(ヴォックス)と合わせてクオーツはかなり展開や戦略、実際の動向などがスマートで魅力的に映っています。

完成物でなくプロセスを売ろう――「コミュニティ」はメディアとエンタメ不況を救えるか

「『良いものをつくれば売れる(読まれる)』という時代が終わり、読者・ユーザーに『どう届けるか』という"コミュニケーションを編集する力"が問われる」

メディア関係者であれば手に取った方もいるかもしれない、雑誌『編集会議』の「編集2.0」特集扉ページでこのようなことが書かれていました。これからの編集とはどういうものなのかが、いろんな方の視点で語られていました。

濃いファンに濃い場所で濃いコンテンツを届ける

このなかでまず気になるのは、「読者・ユーザー」という言葉。これがまさに延々と語られてきた紙とWebの違いでしょう。紙媒体(有料パッケージ)の場合は基本的に対象が読者だったのに対し、Web(無料かつアンバンドル)では純粋な読者もいれば数え切れないほどのユーザーもいます。

コンテンツをどんどん消費してくれる人がいれば、大量のPVを獲得し広告による収益化を行うことが普通だと思います。その一方で、純粋な読者や熱烈なファンがいるのであれば、無料コンテンツに触れるだけでなく、もっと深い部分でつながりコミュニケーションを交わすことで、そこを収益化のポイントにできそうです。

つまり、濃いファンには濃い場所で濃いコンテンツやそこから生まれるコミュニケーションを提供することで、コンテンツの金額を引き上げることが可能になるのかもしれません。

クリエイターとファンの1対1の関係がコンテンツ価格を上げる

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以前、コルク代表の佐渡島庸平さんに同じく代表を務めるマグネットについて取材した際、作家とファンが1対1の関係でつながることができれば、コンテンツの価格を上げることができると語っていました。顔が見え、近く、温度のある関係は、コンテンツが無料で買いたたかれるなかでひとつの足がかりとなりそうです。 

「インターネットの一番の強みは人と人を瞬間的につなぐところ」と佐渡島氏。作家とファンが1対1の関係でつながれるとしたら、コンテンツの価格は上がるのではないかという。

「売り場に並べて勝負するのではなく、ファンと直接つながり、手渡しするような関係で売る。でも、そういうコンテンツの発表の場や売り場がないから、マグネットが作るのです。ぼくが代表を務めている『コルク』の社名の由来は、ワインのコルクのように、(作品を)世界に運び、後世に残すこと。ワインって、『だれ』が『いつ』つくったのかという中身によって値段が決まるんです。同じように、コンテンツの値段も、『だれ』が『いつ』作ったのかによって、決まるようにしたい」(佐渡島氏)

商品よりも“作品”を、売り方の話よりも作家とファンの接点を——23歳CTOとマンガ編集者の挑戦

佐渡島さんは特集「編集2.0」のトップに登場。これからの編集を考えるキーワードとして「コミュニティ」を挙げていました。コミュニティをつくった先にはなにがあるのでしょうか。

コミュニティ内の熱量が上がるほど、自然とお金を払わないと得られないようなものが求められる。そのため、満足度に応じて課金をしていくシステムをつくっています。(43ページ) 

作品外のところで、作品を楽しんでもらう仕組みをつくることが、これからのモデルとして必要なのだと思います(44ページ)

コミュニティをつくり、コンテンツによってコミュニケーションを活性化させることで、一段とコミュニティの熱量が高まる。そういうサイクルがエンタメ業界全体の光になるのかもしれません。

体験価値をサービスとして提供する編集力が必要

コミュニティといえば、オンラインサロンプラットホームのシナプスは注目のプレイヤーです。メディアやコンテンツ、広くエンタメ業界がどんどん目を向け、利用するようになると思います。

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シナプス代表・田村健太郎さんに取材させていただいたことがあるのですが、次のような発言が印象に残っています。

「広く支持されるコンテンツと、熱心なファンが求めるものは必ずしも一致しない」

「一対多から多対多の関係性に移行しているサロンはうまくいっています。主宰者からの一方的な情報を受け取るのではなく、同じ関心をもつユーザー同士で集まってオフ会や勉強会を開いたり、いっしょに事業を興したり、仲間づくりができる場にお金を支払うという感覚がカギではないでしょうか」

「少人数向け有料サロンは、良質なコンテンツづくりと収益化の両立を実現する」---シナプス代表・田村健太郎氏に聞く、体験型コンテンツ消費の可能性と課題

シナプスは『編集会議』にも登場していますが、COO/プロデューサーの稲着達也さんの発言は「コピー可能なパッケージコンテンツの価格は、限りなくゼロに近づいていきます」などパンチラインが多く一読することをおすすめします。

「良質なコンテンツをつくれる人はたくさんいますが、コンテンツを一つのパッケージとして捉えるのはもう古い。一方向的な視聴で完結するパッケージコンテンツではなく、コミュニティなどを通じて生まれるインタラクションまで含めた一連の体験価値をサービスとして提供する。そうした編集力こそが、必要なのではないかと考えています」(54ページ)

完成物の販売から「プロセスの販売」へ

個人的にコミュニティというのは、コンテンツ業界によくあるアウトプット重視を解消してくれるのではないかと期待しています。つまり、出版であれば本という完成されたアウトプットを商品として売っていますが、「プロセスを売る」ことへの転換が求められるのです。

2015年5月に発売された講談社のノンフィクション誌『G2』最終号に寄稿した際、以下のようなことを書きました。

 紙媒体では、いったんブランドづくりに成功すれば、コアなファンが生まれ購読に結びついていたが、これからは完成されたプロダクト(雑誌)を受け取る前後のコミュニケーションの重要性が増していく。

「コミュニケーションを消費するためにコンテンツを消費する」かたちが拡大していくとすれば、多様なコミュニケーションを楽しむためには多様なコンテンツが必要になる。つまり、コンテンツの作り手にとっては絶好の機会でもあるのだ。(中略)コミュニケーション消費にヒントを求めるならば、読者をコンテンツの完成まで巻き込むことが必要ではないだろうか。

コンテンツの作り方が変わると同時に、お金の回り方も変わるべきでしょう。出版不況のなかでは、広告も販売も厳しいなかで、原稿料という謝礼のかたちも変化すべきだと思っています。

紙媒体では原稿を書いてからお金が入り、Webメディアのアドセンスなどの広告であれば1ページ分(PVに応じた)金額が支払われる−−。そういった従来のモデルはいずれ崩れていくと思います。

以前、下北沢B&Bで開催された「若手編集者たちが語る“編集者2.0”」 というイベントに登壇した、もっと「余白」にお金が払われる仕組みが必要になる、とコメントしました。オンラインサロンであれば、原稿を書いていないときにお金が入る環境が生まれ得るので、ジャーナリストによる活用も今後増えていくと思います(すでに作家の猪瀬直樹さんらがシナプスを利用しています)。

最適化・効率化よりも手間暇や泥臭さが大切?

そんなシナプスは、2015年10月から独自のプラットホームでの展開を進めていくとのことでした。フェイスブックグループと違いさまざまなデータを取れることで、コミュニティの熱量や盛り上がりなどがロジカルに把握できるようになると思うととても楽しみです。

また、「月次流通総額は2000万円を突破、運営するサロンの種類も政治やスポーツ、エンタメなど100件を超えた」とTHE BRIDGEで報じられています。ジャンルを横断できるプラットホームのため、展開の可能性が未知数で、今後もどんどん伸びていくでしょう。

サロン主宰者といっしょにコンテンツやコミュニケーションを設計する仕事はまさにこれからの編集者の役割です。「プロセスを売る」ことについて言及しましたが、インターネットやWebサービスは最適化・効率化・省略の文化を浸透させ、暮らしを便利にしてきましたが、コンテンツに関しては豊かな状態をなかなか生み出せていません。

これからはもっと手間暇かけたり、泥臭い地道なコンテンツづくりが求められ、その受け皿としてコミュニティの必要性が生まれているのです。コミュニティを主戦場にする編集者には、体験や熱量、感情など目に見えないものまで編集の対象になり得るでしょう。改めてシナプスなどのオンラインサロン=コミュニティには、「編集2.0」のひとつのあり方があると思いました。 

日本上陸が発表された「バズフィード」ってどんなメディア? 特徴や強みをスライド100枚で知る

月間2億人以上が訪問する米国のニュースサイト「バズフィード」が、日本向けに創刊されるそうです。タッグを組むのはヤフージャパン。

報道やまとめ記事などを配信するだけでなく、「広告の領域においても、ソーシャルメディアへの最適化とテクノロジーに基づいたコンテンツ重視の制作方針を明確にし、新しい広告のあり方を提唱しています」という、バズフィードのあり方は魅力的です。

今回は「バズフィードって、どんなメディアなの?」という人のために、過去につくった2つのスライドを共有します。合計100ページを超えていますが、参考になれば嬉しいです。すでに知っている方は、復習にお使いください。

BuzzFeedとUpworthyのこれまでと現在からみるバイラル/キュレーションメディア

バズフィードはなにがすごいのか? 海外における新興・大手メディアの現状比較

英語でもバズフィードに関するスライドは多くあります。さらに知りたい方はご覧いただくと良いかと思います。

プラットフォーム優位の時代、コンテンツ側はどう考えればよいのか?

川上量生さんが書かれた『鈴木さんにも分かるネットの未来』(岩波新書)を読みました。この本はネットとはなにか、その真の姿や未来について書かれたもの。特に印象的だったのは、コンテンツ側がいかにプラットフォーム側と付き合っていくのかという点です(ほかにもテレビの未来やビットコイン人工知能などについても述べられています)。

ネットのムーブメントも”まだ”テレビが起こす

まず前提として、ネット時代には紙媒体と違い、制作から流通までのすべてのプロセスを持つことができなくなりました。端的に、流通部分におけるネットやプラットフォームの影響力が大きくなってきたからです。

ネットで従来のマスメディアのビジネスが危機を迎えている根本的な理由は、独占していた情報の流通経路がネット企業に奪われ、情報の発信者としては個人とすら競争しなければいけないという完全自由競争のなかに放り込まれたからです(47ページ)

それでもSNSなどのプラットフォームやネットメディアは、プロモーション媒体としてまだマスメディアに負けているようです。本書では「Facebook発のヒット商品とかブームとかが生まれにくい、プロモーション媒体になりにくい」とも書かれており、いまだにマスメディアが重要だとしています。

ネットメディアにおいても口コミを喚起するための正当な宣伝手法はマスメディアを使うことなのです。そしてネットには、まだテレビほどの巨大な影響力のあるマスメディア的なものは存在していないのです。これが、いまだにネットのムーブメントを起こすのにもテレビがもっとも重要なメディアである理由ですし、また、テレビをまったく見ないような若い世代に対してはなかなか有効なプロモーション方法が存在しない理由です(62ページ)

コンテンツの価格は「依存度」で決まる

また、ネットコンテンツ無料論にも触れられています。川上さんは「複製費用が無料だからではなく、ネット利用者間においてコンテンツが無料になるのはいいことだという素朴な価値観が存在する」と指摘しています。では、どのようにネット上におけるコンテンツの価値や値段は規定されるのか。

納得度が高かった文章のひとつに、「コンテンツの価格は人間が持つそのコンテンツへの依存度で決まる」というものがありました。つまり、フリーミアムモデルであれば、無料コンテンツで顧客との接点を増やし、徐々に生活での依存度を高めたところで課金してもらう。ソーシャルゲームニコニコ動画、クックパッドなどを考えてみても、「依存度」との表現は腑に落ちました。

そこでこのエントリーで紹介したい、コンテンツとプラットフォームの関係について入っていきます。本書ではプラットフォームの役割を「形のないデジタルの世界でコンテンツをどのようにつくっていったらいいのか、その仕組み(フォーマット)を提供する」と表現し、具体的な役割として、ビジネスモデルの提供、ユーザベースの提供、プロモーション手段の提供、コンテンツの枠組み(フォーマット)の定義、コンテンツの品質の管理の5つを挙げています。

ネット時代、手離れの悪い地道な客商売が大切

現在の(ウェブ)コンテンツを考えるうえでは、アップルやアマゾン、グーグル、フェイスブックなどのプラットフォームの優位性について考えなければいけません。要するに、コンテンツ側がプラットフォーム側に搾取されないためには、どのような考えや戦略を持っておけばよいのか。

コンテンツをつくらないというのは、プラットフォームにとっては楽をする戦略であるともいえます。また、プラットフォームが並立している場合にはプラットフォーム間の競争のためにコンテンツが販促手段として犠牲にされがちな構造が先のようにあるわけです。ですからぼくは、コンテンツはつくらないと宣言するプラットフォームがフェアであるとも責任ある態度だとも思いません。任天堂ソニー・コンピュータエンタテインメントのように自らもコンテンツをつくり、コンテンツから利益をあげる家庭用ゲーム機のようなプラットフォームが、実はコンテンツが儲かる仕組みが維持されて、コンテンツのクリエイターにとって幸せな環境ではないかと思うのです(110ページ)

川上さんはプラットフォーム提供者がコンテンツもつくるモデルがクリエイターにとってよいのではないかと述べています。さらには「ネット時代のクリエイターだったり出版社だったりは、コンテンツ自体を独立したプラットフォームとして設計しなければいけない」「顧客接点の死守が重要なポイント」という言葉もあります。

プラットフォームが決めるレベニューシェアの比率や広告料金、そして規約などの変更。これらの主導権を握られていては、収益をあげることがむずかしい状況です。どのようにしてプラットフォームの協力を得ずにメディアを運営し、コンテンツをつくり広げていくのか。要するに、コンテンツ側がプラットフォームに依存せず、顧客に関するデータなどの情報を持つことが重要になるのです。

ネット版のファンクラブをつくって会員限定のサービスをすればいい、という提案もされています。「大量複製して大量販売するだけのコンテンツ側にとって夢のような黄金時代は終わって、ネット時代には昔のように手離れの悪い地道な客商売が大切になるのです」。まさに読者のコミュニティや読者とのコミュニケーションを意識したメディア設計がますます必要になってくるのではないでしょうか。コンテンツという言葉が連発してしまいましたが、『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』(NHK出版新書)もたくさんの発見がある本でした。

文章が書けない理由は「遅い」「まとまらない」「伝わらない」――ナタリーに学ぶ、"完読される"ライティング術

「書くことはあとからでも教えられるが、好きになることは教えられない」

とても久々にライティングの本を読みました。手に取ったのは『新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング』。著者はナタリー運営のナターシャ取締役の唐木元さん。コミックナタリーやおやつナタリー(現在は終了)、ナタリーストアなどを編集長として立ち上げ、現在はメディア全体のプロデュースを担当されています。

「書くことはあとからでも教えられるが、好きになることは教えられない」というナタリーの採用ポリシーがあることから、ライティングや記者経験のない人も多くいるのだとか。そういった新人に向けて唐木さんは「唐木ゼミ」という社内での新人向けトレーニングを繰り返してきました。

書けない理由は、「遅い」「まとまらない」「伝わらない」のどれか、もしくはそのすべて、と説く本書を読むことで「書く前の準備」の大切さを改めて実感することができます。

この本では「完読される文章が良い文章」であるとしています。

たとえば、「適切な長さで、旬の話題で、テンポがいい文章。事実に沿った内容で、言葉づかいに誤りがなく、表現にダブりがなく変化の付けられた文章。読み手の需要に即した、押し付けがましくない、有用な文章」(17ページ)。ここではラーメンを例にとり、食べきれないラーメンってなんだろう、という身近な話題から完食(完読)を考えています。

構造シートをもとに伝わる文章を書く

そもそも文章は、事実→ロジック→言葉づかいの3つの層から積み上げられています。特にロジックについては、書き始める前に「主眼」と「骨子」を立てることを強調しており、テーマ(主眼)についてなにを(要素)、どれから(順番)、どれくらい(軽重)書くかを決める。主眼と骨子を持つことを、構造的記述と呼んでいます。

本書で紹介されている「構造シート」はぼくも取り入れようと思ったことのひとつ。長いインタビューなどを書いていると、どうしても要素にダブりが生じたり、構成で迷ってしまうことが多かったからです。

構造シートでは、手書きで話題を列挙し、主眼を見定め、順番を考えて番号を振ります。次に別の紙にあらためて決まった主眼を書き、話題を順番に並べ、それぞれに優先度をつけていくというもの。本書ではナタリーの文章を例に紹介・説明されているので、実物を読んでみると良いかと思います。

また、推敲については、意味、字面、語呂の3つの観点でブラッシュアップ、さらには単語、文節、文型、段落、記事レベルで重複チェック。文章のソリッドさについては、「という」と代名詞を削るのが、自分には必要だと思いました。

このほかにもいくつか削るべき言葉や冗長になりがちな表現が挙げられています。「インタビューの基本は『同意』と『深堀り』」(188ページ)の項目も印象的でした。

自分のクセを再確認し、徹底する

ぼくは文章チェックをしてもらうと、ほとんどの場合「〜すること」が多い、と指摘を受けます。これは完全にクセになってしまっているのですが、164ページに「便利な『こと』『もの』を減らす努力を」として書かれていたので、できるだけ具体的な名詞で書くように心がけたいです。

なぜ「〜すること」を多用してしまうのかというと、おそらく英語学科出身で翻訳文体に慣れていたためかなと感じています(これも100ページに「翻訳文体にご用心」という項目があります)。

新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング』では、基礎的なことが淡々と書き記されています。ただ、本書で挙げられているすべての項目を徹底できているWebメディアは多くないのではないかと思います。

「特別なことはひとつもありません」と書かれたまえがきは、そのとおりでした。文章力の低いぼくにとって、目を背けたい項目もありましたが、それでも一つ一つ向き合っていこうと前向きな気持ちで読み終えました。

唐木さんの経歴や仕事、ナタリーの運営哲学については、「ナタリーがニッチ分野で成長し続ける理由、唐木元さんに全部聞きました。」という記事でよく知ることができます。あわせてご覧になってみてください。

これまで閉じていた「ものづくりの内側」を体験! 毎年1万人が来場する「工場の祭典」はメディア化する場所の好例

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新潟県燕三条地域で10月に開催される「工場の祭典」。金属加工の産地として知られる同地域でものづくりが体験できるというまちぐるみのイベントです。ちょっと前になりますが、7月にEDITORY神保町でおこなわれた新潟県三条市 國定勇人市長の話を聞き、とても興味をもちました。

工場開放で意識した2つのこと

「外から人が来たくなる街の魅力の見つけ方、育て方、PRの方法」と題した講演は、まず神保町(本)と三条(金物)のどちらも有名な地域資源があるなどの共通点が語られました。

しかし、三条を訪れた國定さんは、ものづくりのまちにもかかわらず、その匂いを感じなかったといいます。工場が住宅街にあることや、郊外への移転者の多さも、その状態をつくっていた要因になっていたのだとか。

そこで、ものづくりというアイデンティティを再認識してもらい、誇りに思い、人を呼び込もうと考えた市長。一般に開かれていない工場を開放して見せてみるのはどうかと考えたそうです。そんな工場の祭典ではいくつか意識したことがあったようです。

67の工場を解放する上で意識したことの一つとして、期間中はどこでもいつでも体験できることです。時間の制約を付けないことで人を多く受け入れました。二つ目は、工場の目印として、鉄の赤らんだ色と真っ暗な場をイメージしてピンクとグレーピンクのテープを斜めに貼ることで安価にアイコン化を図りました。

これだけ豊かな社会ゆえに人それぞれの価値観があるので、ニッチでディープなファンを大切にすることが、万人受けを目指すより、スピーディに、質のある結果が得られます。結果、オランダ、イタリアからも注目を集め、見に来る人の賞賛の声によりミラノサローネや伊勢、蔦屋への出店に繋がりました。

第10回記念講演 『まちに人を呼ぶこむためには〜「燕三条 工場の祭典」を例に』より)

1万人が来場、半数は県外から

神保町であれば、書店が多く、エンドユーザーが訪れますが、三条では製造者(職人)が多く、エンドユーザーが来る機会や場がありませんでした。そんなエンドユーザーが来場できる工場の祭典。初年度は59の工場が参加し、予約なしで工場見学ができるように設計しました。

しかし、はじめて来た人にとっては住宅街に溶け込んだ工場がどこか、特に祭典に参加している工場の場所はわかりません。そこで、まち全体で来場者を歓迎する意味も込め、グレーとピンクのしましまを目印にしたそうです。写真で見ましたが、まちぐるみで統一しているのが素敵でした。

これらのさまざまな工夫もあり、1年目と2年目どちらも1万人以上が来場、県外からの来場者が5割程度となっていることもすばらしいです(単純計算で1つの工場を150人近くが訪問)。3回目となる今年(10月1〜4日)は、62もの工場が参加するそうです。 

新メディア「ぼくらのメディアはどこにある?」を立ち上げてからよく考えるようになった「メディア化する場所」。今回取り上げた工場の祭典はその好例であると感じています。地元・新潟でこんないい取り組みがあることを知れてよかったです。ぜひプロモーション動画もご覧ください。

Tsubame-Sanjo Factory Festival / 燕三条 工場の祭典 from 工場の祭典 - KoubaFes on Vimeo.

紙でもウェブでも見出しが似ている? ニューヨーク・タイムズのタイトル研究がおもしろい

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コロンビア・ジャーナリズム・レビューより)

ニューヨーク・タイムズのタイトルに関するデータを、コロンビア・ジャーナリズム・レビューがまとめています。紙面とデジタルのタイトルを分析したものが、上のようなチャートでまとめられています。

見てみると、意外なことに、「新しい」「米国」「記録」など10個中9つが同じになっています。紙では「one」、デジタルでは「dies」がそれぞれ入っているだけの違いです。ウェブでも紙でも、結局使われる言葉がほとんど同じ、というのは興味深いですね(こういったタイトル付けがデジタル時代にベストなのか、編集部がデジタルに対応できていないから紙と似通っているのかはわかりません)。

また、検索経由でどんな単語が多いかについてもまとめられています。「本」「結婚」「音楽」といった言葉がランクイン。タイトルの長さ(使われる単語数)については、紙がいちばん短く、ウェブのほうが長いことがわかっています(ただし2011年くらいまでは同じくらいの長さ)。

ウェブはグーグルのアルゴリズムフェイスブックのエッジラング、ツイッターカードなど、意識する要素も多かったりするので、タイトルの長さにもいろいろと影響しているのかもしれません。バズフィードなんかは、読者がどんな文言をつけてシェアしているのか、といったデータを分析しているので、そういったデータがどんな結果なのか気になります。

意外とタイトルに関するデータはオープンにされることが少ないですが、国内でもヤフーニュース編集部が「Yahoo!ニュースで起こった『ダルビッシュ論争』~編集とデータ活用の現場から」といったブログ記事を出しています。データがどのようにタイトル編集を最適化しているのか、このような現場から出てくる苦悩と工夫はぜひ一読しておきたいものです。今回のコロンビア・ジャーナリズム・レビューの記事もグラフだけでもチェックしてみてください。

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「Yesterday's Resources」という小さなニュースレターをはじめました

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今日、「Yesterday's Resources」という小さなニュースレターをはじめました。

なんで今さら、と自分でも思うのですが、メディアの輪郭というブログを2年近くやっているなかで、ひとつ悩みがあったからです。

それは海外メディアの動向(「海外」といっても9割以上は米国のそれ)について、書けないことが多かったのです。1日に数十から数百の英文記事に目を通し、そこから数個をピックアップしてブログに書いていましたが、そのほかの多くはどこにも出ることなくスルーされていました。

以前から、自分が目を通した動向はすべてブログに書きたいなあ、と思っていました。もちろん無理ですが。そこで、ニュースレターであれば――自分と近い人やメディアにより関心のある人が購読してくれた場合――多少は可能になるのではないかと考えました。

Yesterday's Resourcesというのは、直訳すれば昨日(過去)の源泉。メディアの輪郭では追いつけなかった、取りこぼしまくっていた海外の動向を共有していきます。読んだ海外記事の紹介をメインに、自分の国内外の取材活動(最近であればオランダ取材の裏話)、買った本(ブログだと読んだ本しか紹介できていないので)なども淡々と力を抜いて書いていけたらと思います。

第一回目は「海外メディアの動向を調べるときの参考メディアとキーパーソンたち」といったテーマで、今日中にはお送りする予定です。この小さなニュースレターから、仮説や違和感をはじめ一見くだらないことを受発信していきたいと思います(更新は不定期です)。もしご関心ある方は、以下より登録ください。

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コンテンツで儲けるためには――12のビジネスモデルとメディア編集力から考える

すでにメディアに関心のある方は目を通しているかもしれませんが、「メディアの未来」という特集を組んだ『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2015年7/01号』がおもしろかったです。いまさらながらですが、人選がよかったです。

「コンテンツで儲ける可能性を探る」という副題のもと、編集工学研究所所長の松岡正剛さんやチームラボ社長の猪子寿之さん、電通コンサルティング取締役の森裕治さんらが登場します。一部を取り上げてみます。

アテンション・エコノミー」に沿ったメディアばかり

最初に登場する松岡さんは、コンテンツビジネスの変化を次のように整理します。これまで、良質なコンテンツ制作→広く流通→顧客満足、という3段階があったけれど、現在では特にプラットフォームなどにおいてはまずは顧客満足(しながら継続的な利用者を集め)、そこにコンテンツを投下し広げていく流れになっていると分析しています。

これはキュレーションメディアなどがイメージしやすいですが、雑誌のように高いお金をかけたコンテンツを最初からつくるのではなく、消費しやすいライトなコンテンツをつくり、ユーザーを集めて規模拡大を図っていくようなことを指しているのでしょう。

ただ、松岡さんは顧客やユーザーよりも確固たるコンテンツが先にあるべきだといいます。いまのメディアやそこに乗っかるコンテンツには偶然性や複雑性、知識や教養がなく、まずは振り向いてもらえるバイラル系が人の目に触れることが多くなっているような状況を、締めの言葉で表しています。

世の中は「アテンション・エコノミー」(関心の経済)と「インテンション・エコノミー」(意思の経済)の二つが絡み合ってできている。しかし、前者のメディアばかりが溢れて、いまのところ後者のメディアが逼塞したままになっている。なんともお寒いことである。(32ページ)

12通りのメディアビジネスモデル

次に登場する森さんは、メディアとコンテンツの機能を見直すことで、メディアの未来像にアプローチしています。ここではコンテンツとは「共有されたがるもの」と定義して話を進めています。以下の過去記事にも通じるところがありそうなので、参考まで。

森さんはメディアのビジネスモデルを図表付きで紹介(本誌を見てもらうとわかりやすいです)。メディアの種類を、メディア一体型(新聞など) 、クロスメディア型(メディアミックスなど)、オープンメディア型(だれでも情報発信できる・つかえる)という3つにまとめ、収益モデルは課金、補完(コンテンツから派生するサービスなど)、広告・データ、互酬(寄付や支援)の4つに分け、全12通りとしています。

このほかメディア編集力についても触れているのも勉強になります。この力に関して3つのポイントが挙げられています。ひとつは生活者の参加者度合い。これはCGMなどがそれにあたります。二つ目は、流通に最適なコンテンツのかたちを考慮するモダリティ、そして最後はいつ・どのように消費してもらうかという消費形態です。

たとえば、本誌でも例として取り上げられているバズフィードは、分散型メディアといえるほどモダリティを考え抜いていることに加え、タイトルをA/Bテストで決めていくなど良くも悪くもユーザーに寄り添った消費形態をとるメディアです。このように、自分のメディアがどのビジネスモデルをとるべきか、どんなメディア編集力が必要なのか、照らし合わせることができるコラムになっています。

グローバルならハイクオリティ、ローカルならロークオリティ?

最後に紹介する猪子さんについては、以前から繰り返し語っているネットの世界では、「グローバル・ハイクオリティ」と「ローカル・ロークオリティ」に二分されていく話をしています。ぼくは地方出身なので、どうしても後者に関心がいってしまうのですが。

「ローカル・ロークオリティ」は、コミュニティ型であることが前提です。(中略)コミュニティという価値によってクオリティやコストが無視される世界が、いますごい勢いで発達している。また、コミュニティにおいてはクオリティが高すぎると逆にダメ。(60ページ)

メディア業界は、ハイクオリティなコンテンツをつくるならグローバルへ、ローカル(「ニッチな分野」「濃いめの同じ価値観」とか言い換えてもよさそう)だけに必要とされるようなコンテンツであればコミュニティに向かうのが自然だとしています。

おそらく、前者は高い技術力や流通、グロースハックなどが、後者は適当なコミュニティマネジメントやイベント運営などが重要になるのかなあと思いました。ただ、ローカルメディアといってもローカルに根ざさず、あえて都会向けに発信する場合もあります。そういう場合はハイクオリティがむしろ必要だったりするので、さらに発展したカテゴライズもできそうです。

というわけで、今号のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの内容は、コンテンツにかかわる幅広い層にとって、参考になる寄稿やインタビューが集まっていると感じました。 

日本ではなぜWeb専業のジャーナリズムメディアが生まれないのか?

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最近、「日本ではなぜWeb専業のジャーナリズムメディアが生まれないのか」と聞かれる機会がありました。難問というか、答えられたらこんなブログはやっていないわけですが、いろいろ考えてしまいました。

ただよくよく考えてみると、海外でもピューリッツァー賞を獲得したことがあるのは、ハフィントンポストやプロパブリカ、InsideClimate News、The Center for Public Integrityあたり。それ以外の有力なオンラインジャーナリズムメディアというと、ポリティコやテキサストリビューン、ファーストルックメディアなどはありますが、意外と少ない印象です。

Webかジャーナリズム、どちらかしか知らないバランスの悪さ

こういうアメリカのメディア状況と見ると、テクノロジー企業とメディア企業の近さと、紙とWebメディア間での人材移動、ジャーナリズムや調査報道への理解などはポイントになるのかなと思います。また、テクノロジーやメディア企業とジャーナリズム業界がお互いに理解して、協働することも重要になりそうです。

ウェブメディアやソーシャルメディア時代の情報発信をわかっていてもジャーナリズム(の意義や価値)を知らない、逆にジャーナリズムをわかっていてもウェブを知らないという状況のバランスの悪さは日本にはあると思います。

たとえば、ハフィントンポストはアリアナ・ハフィントンという政治や経済界に強いパイプをもつアイコンと、バイラルの専門家であるジョナ・ペレッティ、SEOやシステムに力を入れたポール・ベリー、現在は投資家やバズフィード会長としても影響力をもつケネス・レラーなど、新旧の人材がうまく混ざっています。もちろん、ハフィントンポストが存在感を表すことができたのには、保守系のアグリゲーションサイト「ドラッジレポート」の逆が空いていたという市場の関係もあるでしょう。

ジョナ・ペレッティとケネス・レラーが率いるバズフィードでも、編集長はポリティコ出身のベン・スミスがいる一方、パブリッシャーにはグロースを担当してきたDao Nguyenがいるなど、新旧の強みが合わさったチームとなっています。

生活動線に沿ったところで、ジャーナリズムは存在すべき

では、日本ではどうか。やはり紙メディアがまだ強いことや、Webメディアでジャーナリズムをやるとしたら、儲かるモデルがないことは冒頭の問いに対して大きなハードルになっているかもしれません。海外ではハフィントンポストもバズフィードも清濁を併せ呑み、ライトな記事でお金を稼いでから、速報ニュースや調査報道に投資してきました。

日本だとライトな記事で収益化に成功している媒体は多くあると思いますが、そこでは別にジャーナリズムをやろうと思っていなかったり、そういうライトな印象がある媒体にジャーナリストが参加しない(しづらい)ような感じもあります。

ただ、堅いニュースでもWebメディアやSNS上で消費されるようになっています。今春のピューリサーチによる調査ではミレ二アル世代の6割がフェイスブック経由で政治ニュースを得ているという結果も出ています。新聞や雑誌などの紙よりも、WebメディアやSNSのほうが生活動線に沿っているいま、Web専業のジャーナリズムメディアが生まれる必要はやはり感じるところです。

垂直統合型か分野特化型のメディア

とはいえ、実際どうすればいいのか考えてみても、採算度外視でオンラインジャーナリズムをやるのは限界があります(やるならプロパブリカのような財団をバックに抱えるようなかたち?)。

ちゃんとジャーナリズムと収益ともに成立するメディアを目指すのであれば、バズフィードがメディアではなく「プロセス全体」を取ろうとしているように、垂直統合型(開発、制作、販売、流通)のメディアビジネスを展開するか、気候変動だけに振り切ったInsideClimate Newsのように分野特化を攻めるかのどちらかになる気がしています。答えは出ないですが、引き続き、考えていきたいトピックです。

*****

最近、これからのメディアのあり方を考えるために、「ぼくらのメディアはどこにある?」というメディアの編集をはじめました。メディア業界の外にあり、生活に溶け込むメディアをどんどん取り上げていきます。

分散型の報道メディア「reported.ly」がWebサイトを開設した理由

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イーベイ創業者が創業した「First Look Media」が2014年末に公開した分散型の報道メディア「reported.ly」。ツイッターフェイスブック、レディットなどのソーシャルメディアを活用するメディアであり、「グローバル・ニュース・コミュニティ」としての運営が続いていましたが、ここでひとつの変化がありました。 

それは、自社サイトを持つようになったことです。

分散型といえば、各プラットフォームに最適なコンテンツを流し、それぞれの利用者がいるところにコンテンツそのものを届けていくような考え方でした。では、reported.lyのサイトを見てみましょう。各ソーシャルメディアのタイムラインが一覧で確認できる「reported.ly now」やその日のニュースダイジェスト、そしてアーカイブがあるというくらいです。

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reported.ly nowでは各ソーシャルメディアでの発信が時系列で閲覧できる

サイト開設を発表した記事では、当初からサイトを持ちたいと考えていたことを明らかにしています。ほぼソーシャルメディアのみでスタートしましたが、ツイートなどでは瞬時に消費して終わるので、時間をかけてさまざまなトピックを追ったとしてもなかなか読者側にはわかってもらえないことが課題でもあります。

続報を届けたり、ニュースの文脈まで汲み取って伝えていくには、やはりアーカイブも兼ねた自社のサイトが必要になったのでしょう。コンテンツ単体で消費されてしまいがちな分散型メディアならではの課題も徐々に見え始めていて改めてサイトの意義も問い直されそうです。今回のサイトはあくまでベータ版ということなので、今後の活用にも注目していきます。

「フェイスブックでは1日40億回閲覧」「ネット上のトラフィックの6割が動画」 モバイル動画という大波は来ているのか?

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「モバイル動画」という大波は来ているのでしょうか?

たとえば、フェイスブックでは1日40億回閲覧(うち75%がモバイル)、スナップチャットでは1日20億回閲覧という数字があります。

このあたりのプラットフォームがYouTubeを超えたとき、広告主の大移動が起き、本当の意味でモバイル動画の大波がきたということになるのでしょう。YouTubeはモバイル比率は明らかではありませんが、1日70億回の閲覧数、2015年中には80億回となる予測だそう。

フェイスブックが発表した、同サービス上でそのまま記事が読める「Instant Articles」やスナップチャットがメディアと協業した「Discovery」では、縦長サイズでの動画閲覧なので、PC時代の横長サイズの動画を視聴するという習慣に変化が起き、急速にスマホ時代にフィットした動画視聴が当たり前になりそうです。

また、毎年恒例となっているアナリスト、メアリー・ミーカー氏によるレポート「Internet Trends」2015年版でもトレンドのひとつとしてモバイル動画が挙げられています。

トラフィックの内容では、動画の増加が著しい。2014年のインターネット・トラフィックの64パーセント、モバイル・トラフィックの55パーセントを動画が占めていたという。特にFacebookには現在、高度に進化した動画サーヴィスがあり、1日に40億ヴューを獲得しているとミーカーは指摘する。
なお、IT企業のCiscoが同日に出した年次報告書にも、同じようなことが書かれている。「今後5年で、インターネット全体の80パーセントがオンライン動画になる」と予測しているのだ。

いま、ネット市場は飽和しつつある──2015年版インターネットレポート « WIRED.jp

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How Technology Is Changing Mediaより)

月間2億人以上が訪問するニュースサイト「バズフィード」でも2014年夏から動画部門を立ち上げるなど、動画への投資が盛んです。「How Technology Is Changing Media」という広告関連資料にて、2013年と2014年の比較をしていますが、閲覧数は8倍、購読者は9倍となっています。閲覧数は2015年に入り、すでに月間10億回を超えているのでさらに伸びていきそうです。

ただ、モバイルでの動画閲覧については先述のフェイスブックやスナップチャットが圧倒的なので、サイト内ではなく、プラットフォーム上へとこれまで以上に溶け込んでいくのでしょう(だから分散型が起きているのですが)。

どうやら動画の総量や視聴トレンドという意味では、モバイル動画の波が来ているようです。では、ビジネスという意味で、モバイル広告についても少しだけ見てみましょう(以下に紹介するものは、モバイル「動画」広告に特化したものではない)。

e-Marketerによれば、広告費についてもモバイルが急伸しているようです。2014年時点の米メディアにおいて、テレビの広告費が占める割合が約4割。一方でモバイルは1割ほどです。しかし、2018年の予測で見ると、前者が4割弱、後者が3割弱となり、その差は10%ほどに縮むようです。

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The Bad News About the News | Brookings Institution

The Bad News About the News」というレポートでは、テレビや新聞、ラジオ、ネット、モバイルなどのメディアでの時間消費と広告費の割合をグラフにしているのですが、とても興味深いです。たとえば、真ん中の紙媒体は時間消費が少ないのに、広告費が高い。一方で、モバイルは時間消費が多いにもかかわらず、広告費が少ない。このあたりがちゃんと釣り合ってくると、モバイルに特化したメディアが適切に力を持っていくのだと思います。

個人的な興味からいくつかの海外メディアに尋ねたことがあるのですが、まだまだ動画広告の売り上げが売上全体のうちの多くを占めるまでには至ってないようです。単価は高いものの、視聴トレンドだけではなく、広告を含めた市場という意味ではあと1〜2年ほどはかかるのかもしれません。

だからこそ、海外ではバズフィードやヴァイス、ヴォックスなどの有力な新興メディアが2014年から動画に注力し、市場の成熟を待つための体制を整えているのでしょう(一方の伝統メディアは・・・)。

最後に、国内では2013年から2014年にかけて、スマホからの動画視聴が約1000万人増えています。今年に入ってからもC CHANNELなどが新しい文化とルールを生み出そうとしており、モバイル動画ならではの視聴習慣や広告のあり方にも注目していきたいです。